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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

デジタルカメラ
 サッカー・ワールドカップの写真展を富士フォトサロンに見に行った。雑誌協会の代表取材メンバー5人の撮影によるものだ。ナイター撮影のものが日中試合の写真と変わりなく素晴らしい色彩で感心した。驚きは色彩だけではない。数年前のサッカー写真よりも高速シャッターが切れていることだ。

 感心して見ていたら会場で中谷吉隆さんにに会った。彼は東京オリンピックのころからのスポーツ写真家だ。デジタルカメラは凄いねーと感心してしている。ネガカラーフィルム、リバーサルどちらで撮影したものよりも色彩がきれいだという。

 会場には全紙倍大以上に伸ばした写真もたくさんあったが、たしかに銀塩フィルムで撮影したものよりもきれいだ。中谷さんはワールドカップのナイター試合を銀塩フィルムで自分が撮ったものと比べてみても色彩のきれいさではデジタルに負けるねという。

 雑誌協会の取材チームはW盃ではニコンD1を使ったそうだ。デジタルカメラがスポーツに向いている理由の一つは感度だ。銀塩フィルムでは増感現像で感度を上げても250分の1秒のシャッターがやっとだ。しかも粒状性が悪くなる。デジタルだと500分の1秒のシャッターがごく普通に切れる。

 さらに優れているのはホワイトバランスだ。銀塩ではネガカラーフィルムのほうがポジフィルムよりも光源の変化に適応すると言うが、デジタルカメラのホワイトバランスへの適応性のほうが優れている。オートにしておけば、ほとんど何も考えなくてもいいくらいである。

 かっては新聞社など写真取材の経済性についてはほとんど考えていないようなところがあったが、デジタルを使って、フイルムがいらないと言うことは凄いということに気がついた。ポジのカラーフィルムは現像代を含めると1本2000円ほどかかる。一人1試合で10本撮るとすれば一人2万円かかる。

 これが要らないとなると、デジタルカメラが多少高価でもすぐ元がとれてしまう。スポーツ撮影とは関係がないが、私が昨年購入したニコンのD1Xの記憶媒体に1ギガのマイクロドライブを使っている。これは5万円ほどで高いように思う。しかしそれまでリバーサルフィルムを月に平均20本くらい使っていたから、毎月フイルム現像代で4万円ほどかかった。

 現在でもフイルムは使っているが月に2、3本であとはデジタルカメラ使用だ。マイクロドライブの購入代金など一月分のフイルム現像代で出てしまう。無駄なシャッターを切ってしまうことの多いスポーツ撮影では個人の懐勘定で考える以上の経済効果をもたらしている。これは考えていなかった効用だろう。

 W盃の随分以前から日本のスポーツ写真は、新聞社も雑紙社もほぼデジタル化してしまった。アサヒカメラの7月号の『W盃カメラの戦い』という記事を見ると、朝日新聞写真部は今回のW盃取材ではキャノEOS1Dを使ったそうだ。理由は速射とオートフォーカスの速さとしている。

 ニコンのD1より具合が良かったということか、アサヒカメラの記事では今回は、サッァー場のピッチの横にならぶカメラマンが使うカメラはキャノンとニコン半々かということだ。しかもこのカメラはほぼ100パーセントデジタルだ。

 つまりキャノンのデジタルカメラEOS1DとニコンのデジタルカメラD1のどちらが世界のスポーツカメラマンにとって使い具合が良いかが話題になっているのであって、ここではデジタルか銀塩かの問題ではなく、デジタルでどのカメラが良いかの問題になっていると言えるだろう。

 実用写真はデジタルという言い方がはじまって2年にもならないが、アトランタ・オリンピックからシドニーそうしてサッカーワールドカップとわずか6年ほどの間のデジタル写真、デジタルカメラの進歩には驚かされる。

 7月のはじめだったがNHKテレビでカシオのデジタルカメラの開発チームの苦闘物語を放映していた。平成7年に発売されて初のパーソナルユースのデジタルカメラだと言われて爆発的人気を呼んだカシオのQV10が出来るまでの苦労話だ。

 会社の開発計画からデジタルカメラは外され、かくれてデジタルカメラを作り出した末高弘之さんを室長とする技術者たちの苦労話だ。QV10のまえが重さ20キロにもなるオモオ・アツオの2台の試作品だときいて驚かされる。オモオ・アツオは重量があって、発熱量がすごいのでスタッフから付けられた名前だそうだ。

 1984年のロスアンゼルス・オリンピックで朝日がソニーと、読売がキャノンと、はじめてデジタルカメラを共同で開発した。この二つのデジタルカメラについてはかなり開発事情を知っていたが、他のカメラ会社とくにカシオの技術者については、その苦労はうかがい知ることはできなかった。

 NHKテレビが紹介する苦労話は平成4、5年(1992、93年)頃のことだから、わずか10年ほどまえのことである。QV10はたしか平成7年に発売されたはずだ。文房具としてのカメラなどといわれて凄い人気だった。

 カシオのQV10は初めて使ったデジタルカメラだ。考えてみるといま発売されているメーカーの初級、中級デジタルカメラの基本的な原型になっている。カシオの技術者にとって今のデジタルカメラの隆盛など、いまだに夢を見ているような気持ちではないだろうか。

 とにかく、20世紀末から21世紀はじめにかけてデジタルカメラならびにデジタル写真の急激な創造、変革には驚かされる。驚いている間にまたすぐ次の驚異が現れてくる。