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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

失敗させる話4
 だいたい、心霊写真や怪奇写真のたぐいはくだらないので、テレビでやっているその手の番組はあまり見たことがない。11月の始めだったが、アンビリバボーという番組を見てしまった。番組の始めに霊能者とかいうおばさんがある女性が撮ったという写真を見せられて、この心霊写真は大変だと言っている。つまりこんなにたくさん心霊的情報が写っているのは珍しいと言うことらしい。

 写真を見ると明らかにカメラの故障による失敗写真だ。ストロボで写した数人の記念写真である。人物の後ろや、らそこらじゅうに川状の赤い光線やいろいろなものが写っている。あきらかに2重露光だろう。そのとき撮った写真には全部同じ現象が現れていて、写真を撮った女性は怖くなってテレビ番組に持ち込んだらしい。

 こんな写真は怪奇現象でもなんでもない。ストロボのスロー・シンクロ撮影によるものと同じ現象が起きているだけだ。多少写真を知っていれば、これはカメラのシャッターの故障か、あるいはシャッター・スピードが極端にスローになっていたのが原因と、気がつくはずのモノだ。

 シャッターを押してストロボが発光する。普通はそこでシャッター幕が閉まるのだが、この場合はシャッターが開きっぱなしになってしまった。多分2分の1秒か1秒くらいのスロー・シャッターが切れているのであろう。

 シャッターが開いている間、カメラは固定されていないから、とくに光源がブレブレに流れて写り、また多少強く光線が当たっているモノがフィルムに感じるわけだ。ストロボで本人が写したと思う画像に重なってブレや、余分のモノが写るものだから、スローシャッターでのブレや光線の流れなど撮った経験のない人は驚くかも知れない。

 でもテレビ局の人間がそんなモノを取り上げるほうが可笑しい。興味本位の番組で視聴率さえ稼げればよいと思っているのだろう。

 この手のブレブレ写真を、写真の世界では失敗写真と言っている。カメラがオートになって確かに失敗は減った。マニュアルカメラでさんざん失敗を経験してきた人にとっては不思議なことでも何でもないことが、失敗経験のない人にとっては怪奇現象に見えてしまう。

 このテレビ番組を見て気がついたのだが、こんな写真が貴重な心霊写真になるようでは写真の失敗の話を書いても、オートカメラから写真を始めた世代にとっては大して興味を引かないのではないかということだ。まして人に失敗をさせることなど、なんのことかわからないかも知れない。

 だからここで改めて失敗の話を書くことにいささかためらうところがあるが、この連載を毎回見ているという写真学校の卒業生が、先生、あれは面白いと言ってくれるので、この言葉に励まされてもう少し失敗の話を続けましょう。

 写真を失敗させるというのは、究極的には写真を写らないようにすることだが、写っていても、結果が良くないのも失敗であり、あるいはさせることになる。この場合の失敗はいろいろあるが、焦点・ピントが合っていない。露出が合わない。露出不足、露出オーバー。ブレている。などだ。

 写っていない。失敗にはいろいろあるが、意外に多いのはカメラにフィルムを入れないで撮ることだ。最近のカメラにはフィルムが入っていなければ、動かない(シャッターが落ちない)モノもあるし、入っていませんよと信号を出して教えてくれるものもある。

 朝日新聞出版写真部に入ってライカを使わせてもらった。DIIIAという戦前からのカメラだ。キャノン4sbを買ったが、どちらも嬉しくてたまらない。このカメラはフィルムを入れるのが現在のカメラのように簡単ではなかった。

 カメラの背面部が開かない。底蓋(そこぶた)が外せるようになっていて、フィルムの入ったマガジンとフィルム巻き取り用のリールにフィルムを差し込んでおいて、この両方を落とし込むように入れなければならなかった。

 コンタックスとニコンは、裏蓋と底蓋が1体で、そっくり外してフィルムをいれるようになっていた。だからニコン愛好家はキャノンはフィルムが入れるのが面倒である。というのもニコンを使う理由にあげていた。

 だからフィルムを入れたつもりがしっかり入っていないで、リールが空回りしてしまい、しかもシャッターは巻き上げでセットされるものだから、写真を撮ったつもりでいると1枚も写っていないことになる。

 嬉しくてたまらなく、やたらとキャノン4sbで写真を撮った。はじめのうちフィルムが回っていなくて写っていないという失敗はどれだけやったかわからないくらいだ。仕事の上ではこれで大きな失敗をしたことがなかったから助かったようなものだが、使い始めた時代、何度もこのミスを経験した。

 撮影に夢中になりフィルムがなくなって急いで入れ替えるとき、このミスが起きた。昭和30年代、歌謡界に双子の歌手ピーナッツが登場した。人気が出始めたとき週刊朝日がグラビアページで取り上げることになり、この撮影を引き受けた。

 いろいろ設定して撮影しなければ週刊誌グラビア5ページをうめることは出来ない。交渉して2時間自宅で撮影することになった。渡辺プロのマネージャーもいろいろな場面を設定してくれた。時間ぎりぎりになって最後に二人のアップを撮って巻頭のページ用にすることを決めた。

 ピーナッツの姉さんのほうか、妹のほうかどちらかにほっぺにホクロがあって、どちらかがつけホクロをしている。二人のホクロを生かして写真を撮ろうと思った。この撮影で手間取ってしまった。二人の顔の重なりがうまくいかない。

 このアングルだと思って撮り始めたら、すぐフィルムがなくなってしまった。あわててフィルムを装填した。これでOKということで撮影を終わった。お礼を言った。お茶を飲みながら、撮影に使ったキャノン4sbを点検して、入れ替えたフィルムが回っていないことに気がついた。

 恥ずかしかったけれど二人のお嬢さんに、カメラの具合が悪くて今撮影した分が写っていないことをうち明けた。

 時間がないのを無理してもらって改めてアップの写真を撮り直した。怪我の功名か、そのあと大変にうち解けた表情になって、前よりずっといい写真が撮れた。多分、この雑誌のカメラマンって慌て者なんだと思って可笑しくなったのかも知れない。

 失敗に気がついたから良かったが、そのまま帰ってしまったら二人のアップの表情はなくて、お粗末なグラビアページになってしまったろう。いつも後から考えてみると冷や汗のでてくるような失敗をしそうになるが、危ないところで助かっている。運が良かったのかも知れない。