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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

キヤノンF−1(つづき)
 名機といわれるカメラであっても、完全無欠のものはない。どこかに欠点はあるし。これがこうであったらいいなーと言うところがある。ある意味では名機といわれるカメラは比較して欠点が少ないから名機だとも言える。

 もう一つ名機といわれる条件は、壊れないこと、つまり耐久力だ。どんなにカタログ的性能が優れていても、あっと驚くような新機能が盛り込まれていても、その性能が持続しないものは名機にならない。故障が多いカメラは名機にはなり得ないのだ。

 数年前になるが、カメラ雑誌キャパにカメラの紹介や使い方を書いていて若い人たちに人気のあった写真機家サンダー平山(彼は自分は写真家ではなくて写真機家だと言っていた)が私の行っている写真学校の講師をしていた。このころ彼はほうぼうのカメラ雑誌に新作カメラの評論を掲載していた。

 昼休みの時間雑談をしているとき、彼にカメラの機能、性能だけをやたらとほめて書いているが、カメラによって差がある耐久力のことを書かないのは片手落ちだ、みたいなことを言ったことがある。彼はそれに答えて、それを書いたらカメラ雑誌にメーカーが広告を載せなくなるから不可能だと言った。

 これはデジタルカメラの時代になってもつづいていて、機能の具合悪さなどについては多少書かれているが、耐久性、壊れやすさについてはまず書かれたことがない。名前を上げては具合が悪いようだからあげないが、かつて使ったことのある一眼レフカメラで機能的にはすばらしく斬新なことやっていて、大変に魅力的カメラなものだから、新しもの好きで飛びつくように買った。使い始めてみたら、これが故障が多くてどうしようもないカメラであった。

 しかもこの故障が新しい機能で起こるのではなくて、ファインダーの接眼部分がとれてしまうとか、ペンタ部分のピントグラスが動いてしまう、ミラーがはずれてしまうという、基本部分で起こることなので腹を立ててしまった。何度もなおして使っているうちにレンズがゆるんで動かなくなってしまった。

 このメーカーが取り替えましょうと言ってくれて新しいカメラを使ったが、まったく同じようにファインダーの接眼レンズがはずれてしまい、どうにもならなかった。それ以来このメーカーのカメラを使ったことがない。人から聞かれてもそのメーカーのカメラを勧めたことがない。

 あとで友人たちに聞いてみると、あのメーカーのカメラは壊れやすいんだと当然のことのように言う。私はそれまで使ったことがないからわからなかったわけだ。一般のアマチュアもそんなことは知らないから、雑誌などに掲載された紹介記事を参考にしてカメラを買う。これは大変に気の毒なことだ。

 はじめて買ったカメラが簡単に壊れるようだと、カメラと言うのはこんなものかと思って、カメラにふれるのがいやになってしまうにちがいない。出発点で写真に挫折してしまう人には、そういう人が結構多い。

 話をキヤノンF−1にもどすが、F−1は耐久力、堅牢さ、丈夫さと言う点では私の経験したカメラの中では、FにはじまったニコンFの系列につづいて、これに劣るところがないカメラであったと思う。私が徹底的に使ったニコンF系列のなかでは、前にも申し上げたと思うが、FとF−4を多く使った。

 F−2については全く使用しなかったし、F−3は使い始めて間もなくF−4が出たからこれについてもはっきりしたことは言えない。ニコンの最初の一眼レフカメラであるニコンFとキヤノンF−1を比較してみると耐久力と言う点ではキヤノンF−1のほうが優れているかもしれないと思う点がある。

 ニコンF−4とではどうかというと、これは問題なくF−4のほうが優れている。出来た時代が違うから当然とも言えるが、堅牢さでF−4と比較出来ると言うことはたいしたことなのである。

 キヤノンF−1は、なにがなんでもニコンFに追いつき追い越そうとしたキヤノン技術陣の一つの答えであったと思う。いまでこそチタンボディが珍しくないが、チタンをつかわずにボディの堅牢さを出そうとしたらF−1のように分厚いと感じられる金属を使用加工して作らざるをえないだろう。

 キヤノンF−1は実際の重さ以上にずっしりと重量感がある。いま発売されているニコンF−5でもキヤノンEOS−1Vでもすごく重いと思うのだが、何十年も写真を撮ってきてはじめのころはカメラが思いと感じたことはなかった。35ミリカメラで、これは重いと感じた最初のカメラはF−1であった。

 一眼レフカメラの重量化がすすんだ最初はF−1だったと思う。多分キヤノンの技術者はF−1を作るとき重量のことは考えなかったのではないだろうかと思うほどだ。

 新聞社のカメラマンはほとんどがニコン系列のカメラをつかっている。雑誌社のスタッフカメラマンではニコンを使っている人も多いが、キヤノンEOSを使っている人たちもかなりいる。私の友人の写真家たちもニコン派とキヤノン派とわかれるが、キヤノン派といわれる人の大部分はF−1をつかうことから始まっている。

 F−1以前にR−2000やキヤノンフレックスRPがあったが、キヤノン一眼レフはやはりF−1から始まったというべきだろう。キヤノンF−1と同じ作りの一眼レフカメラがニコンFと同時に発売されていたら、一眼レフカメラにおける市場分布図は今とは大きくちがっていたと思う。

 キヤノンF−1は優秀なカメラである。しかしカメラというものはどこかに欠点をもっている。F−1だって例外ではない。ではF−1の持つ欠点とは何であったか、これは最初、気がつく人が少なかった。気がつかないカメラマンは、300ミリくらいまでのレンズしか使わない人たちであった。

 それ以上長い焦点距離レンズを使うとこの欠点はすぐわかる。、しかもこれはカメラマンにとっては大変な問題であった。ファインダーをのぞくとわかるのだが、画面上部が切れてしまうのだ。フィルムには写るのだがファインダーの視野のうち、画面上部が見えなくなってしまうのである。ミラー切れである。

 たとえばプロ野球を撮影に行く、600ミリレンズをつけて3塁側カメラマン席から投手のアップを撮ろうと、ファインダーをのぞく、ファインダーに見えるとおりに写真を写すと、画面上があいた間の抜けた写真になってしまう。そのあたりを考えて撮ろうと思えば、顔の表情のかなりの部分を見ないで写す以外に方法はない。

 原因はレフミラーの奥行き寸法が短いことから起こる。長い焦点距離のレンズを使えば使うほどミラー切れが激しくなってくる。ボディをスマートにまとめようとしてカメラボディの奥行き寸法、言い換えれば厚み薄くすると、ミラーの幅も短くせざるをえなくなってくるのだ。

 だからF−1愛好者たちは、そんな超望遠レンズをつかう必要のない分野の写真を撮る人たちであった。超望遠レンズを使わなければ、こんなにいいカメラはあまり見あたらなかった。これは以前にも書いたが、新聞社がニコンを使ってキヤノンを使わないようになったのは、このミラー切れの問題が一番大きかった。