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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

キヤノンF−1(つづき)
 6月16日、皇太后が逝去された。テレビは皇太后を追悼して皇后時代の映像を放映していた。追悼番組をみていてもわかるが笑顔の皇太后は本当に和やかで見る人の気持ちを楽しくさせるものがあった。

 昭和天皇ご夫妻がヨーロッパご旅行が1971年、アメリカご訪問は1975年であった。天皇の海外旅行に何故、新聞社、雑誌社のカメラマンが大勢取材にいくのか、一つには出来事としていろいろな意味をもっているから、これを報道する。これが第一の目的であったと思う。

 しかしカメラマンたちはもう一つ、お二人の様々な表情が国内では種々の制約があって撮影する機会が非常に少なかったから、海外に行かれたときにこの最大のチャンスを生かそうという思いがあった。それに日本国内とちがって取材制限がゆるかった。だから私などを含めてカメラマンたちはひたすらお二人の表情、とくに笑顔を撮ることを最大の目的としていた。

 昭和天皇ご夫妻のアメリカ親善訪問旅行のときキヤノンF−1を使った。これがこのカメラを初めてつかうきっかけになった。つかう前に入念にテストをするのはプロならば当たり前のことで機能自体の確かさを試して見ることと、すこしでもカメラに慣れたいという気持ちも強く働くからである。

 テスト期間は一ヶ月くらいあった。使っているうちに、キヤノンF−1はAE−1などとはちがってプロフェッショナルを対象につくられたカメラであることがよくわかった。AV自動露出やTV優先オートなどはないが、このカメラの露出測光はなかなか優れていてしかも使いやすかった。

 いろいろなものを撮影してみたが平均的に出てくる露出測光値はリバーサルのフイルムで撮影して見ても、天皇取材を前提として考えてみるとほぼ満足できるものであった。借りた2台のF−1にはいろいろなレンズを付け替えてテストをした。

 実際の取材でメインになるのは35ミリ〜70ミリのズームレンズになるであろうことは想像できたので、当時すでにキヤノンA−1につけて使っていたズームのほかに同じレンズを一本借用した。出発まえに取材もかねてこの2台のF−1で100本くらいは撮影したとおもう。

 これだけしっかりテストをしたはずなのに、たった一つだけテストしなかったことがあった。モータードライブによる連続撮影である。このカメラは1秒間に4コマの撮影が出来た。モータードライブのテストをしなかったのはそれまでの撮影でドライブをつかって連続撮影をする習慣がなかったからだ。

 最近のカメラマンはスポーツの撮影をはじめモータドライブによる連続撮影をする人が多いようだが、私たちがスポーツの取材をしていた時代には連続撮影で写真を撮る人はほとんどいなかった。モータードライブはフィルムの巻き上げには使うとブレが少ないこともあって使用したが、それで決定的な瞬間が撮れるとは考えていなかった。

 ところがこのテストをしていなかったばかりにとんでもないエラーが起きるのである。それは、この取材が雑誌協会の取材というチームによる取材をしなければいけないことから起こったことなのである。

 天皇皇后が出かける行事では取材箇所がきめられると、そこに抽選で取材者が決まりその場書に張り付いて撮影をする。1カ所での取材者はたいていの場合一人であるから、ここで撮影した写真が重要なものであれば10社いずれもがこの写真を必要とするから、写真が1枚しかない場合は、東京で現像した写真をデュプリケートして各社に渡すことになる。同じ写真が10枚撮れていればこれは問題がない。

 そういう事情があるものだから取材するカメラマンは、その場所で同じカットが撮れるものならば、出来るだけ枚数を多く撮ろうと考えることになる。このためにモータードライブが必要になった。

 トラブルの最初の兆候は天皇ご夫妻がアメリカ最初の到着地ウィリアムズバーグではじまった。2日間滞在されたのだが空港到着から始まった行事を撮影したフィルムを東京に送って翌日の夕方には東京から連絡が入る。

 電話がかかってきて、撮影したフィルムの中に露出オーバーのものがときどき見られる。注意するようにと言うことだ。このときはわずかな枚数がオーバーということであったから、どこかでカメラの操作を誤ったかと思う程度であった。

 翌日のウィリアムズバーグ第2日の取材、この結果が電話で入ってくる。同じ場面で途中から露出がオーバーになっている。この取材は天皇皇后が馬車にのられて古い町並みを歩かれたときの取材である。

 担当デスクの秋元啓一(彼はすばらしいカメラマンであったが50才になる前になくなってしまった)がフイルムを丁寧に点検してくれて、結論的に、連続撮影をすると、もし同じ絞りで撮っているとするならば、絞りが途中から絞れなくなっているのではないかと思う。他には理由は考えられない。至急具合の悪いカメラをキヤノンのサービスに見てもらってくれ。と電話で連絡してきた。

 このときは記者団は全部ワシントンに到着していた。ワシントンのホテルに出張していたキヤノンの修理サービスのところにカメラをもっていってみてもらった。2台のカメラのうちどちらかにそういう故障が起きているのだろうが、撮影してトラブルの出たフィルムは手元になかったので詳しいことはわからない。

 キヤノンも頑張ってくれて東京のキヤノンサービスが雑誌協会まで行ってフィルムを見てワシントンに連絡するという手間のかかることをやってくれた。

 キヤノンの人たちは徹夜でカメラを点検してくれた。モータードライブで連続撮影をすると1枚の撮影ごとにカメラは設定した絞りまで絞り、ミラーを上げ、シャッター幕を開け、これを締めてから、ミラーを下げ、絞りを開放にするという動作を繰り返すことになる。

 高速で巻き上げ、連続撮影をしているからといって絞る操作だけが行われないと言うことは、ほとんであり得ないそうである。しかし現実にこういう誤動作が起こっているのだから、このカメラを日本に帰って厳密な点検をしてみる以外にわからないと言うことになってしまった。

 カメラはどちらか1台のボディにだけ、そのトラブルが起きている。どちらのカメラボディか、レンズを付け替えて使っているのでわからない。カメラがなくては翌日からの取材撮影はできない。キヤノンから、改めて2台の替わりのカメラを借りてつかうことになった。

 どのシーンでも連続撮影のはじめの1,2枚は適正露出で写っているから致命傷ではないがこれはミスには違いがない。ワシントンのそのあとの取材からは一切故障は起きなかった。このミスはやはりテスト不足ということになる。

 帰国してからのことだが、その故障は1万台に1回くらい起こるかも知れないような珍しいトラブルだと言われた。キヤノンF1はそれから何年もの間使ったが、1回も故障が起きたことはない。