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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

キャノンAE1
 私が教えている渋谷の写真学校はデザイン専門学校とおなじ校舎のなかにある。デザイン学校は専攻する科がグラフィックデザイン、ビジュアルデザイン、マルチメディアデザインといくつにもわかれているのだが、デザイナーという職業は若者たちに人気があるのだろう、 学生の数はデザイン学校の方が写真学校の何倍も多い。

 2年ほど前からデザイン校の学生たちに写真概論というタイトルで講義をしている。クラス合同で120人入る大教室での三回、授業をしている。写真の撮り方を教える授業ではないが、写真を自分の仕事に役立てようという意識は強くはっきりしているから大変に熱心である。

 自分の作品を写真に撮る必要もあるが、デザインの材料としての写真、資料としての写真という考え方もある。とくにグラフィックデザインの学生は自分のイラストに写真的表現をつかうものもいるし、モンタージュ技法を作品につかうものもいる。

 エディトーリアルデザインを目指す場合は写真が自分が編集する直接の対象になることが多いから、自分が写真をうまく撮ることは出来なくても、写真をわかろうと努力をする。

 毎回授業のたびに提出する出席票になんでもよいから質問があったら記入するようにいっている。写真の表現についてのずいぶん難しい質問もあるが、一番多い質問はカメラを買いたいのだが銀塩フィルムのカメラとデジタルカメラではどちらを買った方がよいか、という質問だ。

 デザイン学校の学生は科によって一週にあつかう時間は違うがコンピュータの授業があって、デジタルカメラからコンピューターへの画像の取り込みもフィルムからスキャナーによる画像の取り込みもすでにやっているから、扱う画像の大きさのことも、かなりよくわかっている。

 自分の仕事の材料、資料として写真を利用としているのだから、デジタルカメラをお買いなさいと言えば簡単なのだが写真のことを少しでもわかってもらいたいと願っている立場からするとそうもいかないのでる。それで授業の時にこういう話をした。

 デジタルカメラのほうは一年もたたないうちに新製品が発売される。質もよくなりしかも値段も安くなる。今までのカメラつまり銀塩写真を撮るカメラはカメラだけ買うのだが、デジタルカメラのほうはカメラと一緒にじつはフィルムも買うことになるのだ。

 写真のことを知りたいと思うのならいろいろなフィルムのあることを知ることも必要である。デジタルカメラはフィルムを買う費用もかからないし安いようだが、質の悪いフィルムだけを使わなければいけなくなる怖れがある。

 デジタルカメラのカタログ性能を見ても、書いてあることの大部分はじつは銀塩カメラでは、フィルムに当たる部分のことなのである。カメラ自体の使い良さ、たとえばシャッターの押し具合、撮影にあたっての操作の具合などは、あまり大事にされていないものが多い。

 極論すればデジタルカメラはカメラとしての機能からみると、ニコンのD1やオリンパスのC−2500Lなどいくつかのカメラをのぞいて、使い捨てカメラ(レンズ付きフィルム)など一番低価格のコンパクトカメラの領域にあるように思う。

 この話を聞いてデザイン学校の学生がどちらのカメラを買うのことにしたか、まだ結果は聞いていません。でもデジタル写真の世界はカメラも含めて激変の時代です。小生の自説も新しく迎えた二〇世紀の最後の年の間に変えざるを得ないようなことになるのかも知れません。

 さて話を古いカメラのことに戻しましょう。インターネット・フォト・マガジンのこの記事を見ている学生が、先生はニコン党なんですねという。自分ではニコン党と呼ばれるほどニコンだけを使って来た覚えもないし、なにが何でもニコンでなければなどという気持ちは毛頭ない。そのときその時代に一番使いやすいカメラがあればどんなカメラでもいい、これを使って写真を撮りたいと思っている。

 ニコマートFTNの次に使ったカメラがキャノンAE1なのだ。このカメラをつかったのにはいままでのカメラ選びの方法と全くちがう理由があった。それはあるズームレンズを使うためなのである。

 一眼レフ時代になってくると、誰もの夢はズームレンズであった。8ミリムービーの世界ではすでにズームレンズは当たり前のことであった。年代がはっきりしないのだが昭和34年ニコンFが発売になって間もなくだったと思う。ニコンがズームレンズ作って発売した。85ミリから250ミリのズームであった。巨大なレンズで現在発売されている400ミリあるいは500ミリの望遠レンズくらいの大きさと重さがあった。

 初めてのズームと言うことで評判になり、私たちの出版写真部でもこのレンズを1本購入した。このレンズは確かにズームの機能は持っていたが光学性能はが良くなかった。写された画像が悪すぎた。大アマ・レンズで写真を引き伸ばすと画像の悪さにがっかりしてしまった。

 ズームレンズはピントがアマイという概念は多分一番早く発売されたこのレンズが作り出したのかも知れない。どこの新聞社もはじめてのズームレンズということで競うように購入したから。かなりの本数が売れたと思う。使った人はみんながっかりした。

 報道関係へのズームレンズ初登場はこんなことで、芳しいものとは言えなかった。だからズームレンズはあきらめられていた。ニコンの最初のズームレンズから何年くらいたったころだったろう。15年以上たっていたと思う、取材先で出会うよその社のカメラマン(これは新聞社とは限らない。雑誌社のカメラマンもいた)から、このズームは使えるよと、自然に評判を耳にするようになったレンズがあった。

 キャノンの35ミリから70ミリのズームレンズである。いろいろなところからこのレンズの性能についての情報が入ってくるものだから、気になって、そのころキャノンの宣伝部とはあまり親しくなかったが、このレンズを借りてテストした。

 このズームレンズは明るさが35ミリのときF2.8で70ミリではF3.5であった。テストのときはやはりまず開放のピントを見る。これがすばらしかった。ニコンの最初のズームレンズから20年近くたっているのだから、この性能は当たり前のことかもしれなかったが、ズームは駄目だという先入観のようなものがある私たちにとってこれは驚きであった。
 このキャノンから借りたズームレンズについてきたのがキャノンAE1であった。