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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

一眼レフカメラの長所と欠点 6
 田中長徳さんが編集したビデオテープ『ニコン大図鑑』を見せてもらった。ニコンが宣伝用につくったものかと思ったら、定価がついていて市販されているそうだ。これが売れているそうだからカメラ人気でニコン愛好家がたくさんいるということだろう。

 『ニコン大図鑑』には、ニコンのM型からはじまってS型からF型F5までの全モデルを紹介している。これを見ていると、古い時代、そうかあのときに、こう変わったのかと思い出すことがたくさんあってなかなか楽しい。

 田中氏は戦後の生まれだから、ニコンSやニコンFに対する感じ方が私たちの世代とはかなりちがっているのも面白い。その当時の新聞社のカメラマンやプロの写真家たちは、新しくつくられたカメラに対してメーカーの技術の人たちにうるさいくらい文句や注文をつけた。そうして自分たちの希望がカメラに盛り込まれ、取り入れられていく過程があったことを知っている。

 そういう経験があるものだから、それぞれのカメラに対して自分がそのカメラの発展に寄与してきたような感覚を何となくもっている。これはもう一方、できあがった製品がの一つ一つの型が絶対の完成品ではなくて、いつでも変えられ替わっていくのが当然と言う感覚でもあった。

 それが田中氏のように戦後生まれの世代になると、一つひとつの製品の一つの型がかなり絶対化され固定されたものとして映るようだ。カメラの成長過程を一緒に歩いてきたという感覚と、物心着いたときには、すでに厳然として、そのものが眼前にあったという感覚の違いかも知れない。

 いまはどうか知らないが、昭和20年代30年代にはカメラメーカーも、暗中模索の時代で実際にカメラを使っているカメラマン、写真家の意見を真剣に聞いていた。だから昔からのアマチュア写真家の中には、「あのカメラの、あの部分は僕がメーカーの何々君に言って改良させた」などと自慢げに話す人がたくさんいる。当時のメーカーはそれだけ触手をひろげて使用者の情報を収集していたと思う。もちろん一人の意見で変わったのではなくて、そういう意見が集約されていっての改造であり変化であったろう。ニコンFだって発売されたときから外観は変わらなかったが機構的にはどんどん改良されていった。

 いつか赤瀬川源平さんが書いていたが、ニコンS2の中古を手に入れたあと、修理をしてもらおうと大森周辺で、たまたまニコンの工場の道をたずねた老人が、昔ニコン・日本光学の工場に勤めていた人で、赤瀬川さんのS2を見て修理なら丸の内のサービスセンターへいきなさい。まだこの型ならば部品が有るはずだと教えてくれた。その人が話の終わりに自分はS2は20台全部の改良型を持っていると言われて驚くのですね。つまりS2と言っても20種類以上も型が違う物がある。Fだって同じくらい改良型がある。

 『ニコン大図鑑』を見ていて感じたのは、もう60年も経ってみると、昭和30年代ニコンF型が発売されたとき、ニコンS型からF型へあっと言う間に機種交替がされてしまったように考える人もいるだろうと思われることだ。

 F型がいまはF5の時代だから、一眼レフカメラが最高級の常用カメラになって、ほかのカメラを併用する必要は感じないが、ニコンFが発売されたころはだれもが一眼レフカメラがベストのメインカメラになるなどとは思わなかった。

 ニコンFが発売された昭和34年、S型はS3とSPの時代であったが、その後もS3は昭和42年まで、SPは昭和40年ころまで発売された。これはF型がでてから実際にこのカメラがメインカメラの位置を得るまでの機種交替に10年近くの年数が必要であったことになる。

 これは言い換えると一眼レフカメラとレンジファインダーカメラとのちがいから、一眼レフの欠点が目立ちこれに使用者がこれに慣れるのに10年かかったということになる。

 ニコンFが発売されてすぐ社から一台貸与されたが、自分の私用としてFを買ったのは翌年の4月になってからであった。それまで最初のペンタプリズム式一眼レフであったミランダカメラをつかっていた。これとニコンFを比較してみると、信頼性ということで数段ニコンFが勝っていることがすぐわかってくる。そうなるとつかっている機材よりも良いものがあればこれに替えるのはごく当たり前のことだ。

 一眼レフカメラは長焦点レンズ、望遠レンズ用としてつかっていた。だからそとき、望遠レンズ用のとしての機種交替はあっと言う間に行われていった。そうなると会社の備品の借用では、どうにも物足りなくなるのは、プロならばだれもが経験することである。

 この『ニコン大図鑑』にはそれぞれに発売当時の価格が明記されていて、ああそうだったかと改めて思い出し大変に参考になった。ニコンFが発売されたときの値段がどうしても思い出せなかった。たしかS2よりは安かったとだけ記憶していた。この大図鑑にはSPの価格が9万800円、S2の価格が8万3000円、ニコンFは発売価格6万7000円となっている。

 そうか、SPとの価格差が3万円もあったのかと驚く、何度も書いているがニコンF型が発売された昭和34年4月、大学卒公務員上級職の初任給が1万200円になって初任給がはじめて1万円を超えたと言って話題になった時代であった。私は朝日新聞出版写真部にはいって5年ほど経っていた。しっかりした記録はないのだが、当時、朝日からもらっていた給料は1万8千円、それに給料より多い時間外勤務手当や諸手当がたしか2万5千円くらいあったと思う。

 ほかにも欲しいカメラで予定していたものがあったが、とりあえずFを1台購入した。このときはS型はS3をつかっていたのだがSPを買おうとおもっていたのを急遽F型に替えた。だからSPにくらべてずいぶん安いなーと思った記憶がある。ニコンFを買ったのでSPを買う機会を失ってしまった。結局ニコンのS型に関してはS3までで、ついてはSPを手に入れることはなかった。このときは偽名で応募した写真コンテストの賞金が手にはいって買った記憶がある。
 ニコンFの欠点のことを書こうと思っているのだが、どんどん脱線してしまう。余分のことで話が長くなっているが、当時はF型つまり一眼レフが全部のカメラの代替え機になるとは思っていなかった。望遠レンズをつかうのには確かにすばらしい性能を持っていたがあまりにも多くの欠点があったからである。

 写す瞬間が見えないこと、シャッターの遅れのことを書いてきた。次回にはほかの欠点をもう少し書こうと思っている。