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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

一眼レフカメラの長所と欠点 5 タイム・ラグ
 シャッターの遅れは一眼レフだけに起きる問題ではなくて、カメラを使って写真を撮るときには必ず生じてくることである。それが一眼レフに限って起きることのように言われ、問題にされてきたのは一眼レフのタイムラグがレンジファインダーカメラに比べて大きかったこともあるが、発売された時期が、日本の写真が(カメラを含めて)飛躍し発展した時代に重なったことによる。

 アンリ・カルティエ・ブレッソンの決定的瞬間がアメリカで出版されたのは昭和26年であったが、これが日本で話題になりアマチュア写真の世界でまで言われだしたのは昭和30年代になってからだ。カメラの機能も良くなってピントか正確に合うようになってきた。つい10年前にはピントを正確に合わせることが写真の大事な技術であったのが、それが当たり前になってくると、写真には決定的な瞬間がより求められるようになってきたのだと言える。

 タイムラグのうち機械の遅れはシャッターボタンが押されてから反射ミラーを上げ、絞りを絞り、シャッターの膜を走らせる間の時間である。これに人間の遅れが加わる。対象物を眼で見る。視神経は左脳にこれに命令して右の人指しユビの先端でシャッターを押させる。この時間も遅れになる。写真でタイムラグと言うときはこの二つを合わせたものを言うようになった。

 昭和30年代、まだタイム・ラグなどという言葉は写真界では使われていなかった。一眼レフを使うようになってシャッターの遅れがとくに目立つようになってきたから、それをわかりやすく説明するためにこの言葉が使われだしたのだ。アマチュア写真の指導者たちが、カメラの機械の遅れだけに使われていた時間の遅れを、機械だけでなく人間の遅れも含めてタイム・ラグという言葉を使い始めたのは昭和50年代になってからだった。

 タイム・ラグなんてどうってことはない、という方も当然いる。写真学校に入ってくる学生だって、そんなものがあることを知っているのは新入生の10パーセントに満たない。そこでタイム・ラグをわかってもらうために、たとえばこんな課題を出す。

 ゴルフの課題である。ゴルフの練習場に行ってボールを打っている人を撮る。ゴルフのクラブ1番、ドライバーで、ボール打っているところを撮るのだ。クラブを振って打ち下ろし、クラブのへッドがボールに当たった瞬間つまりインパクトの瞬間を撮ってくるという課題である。厳密に言うとクラブのへッドの表面に当たってボールが飛び出す瞬間を写すのだ。

 これがやってみると意外と難しい。当たったと思う瞬間にシャッターボタンを押すとクラブはもうフォロースローを終わって、よいしょとクラブを担ぎ上げた状態が写る。クラブを振り上げてから打ち下ろし、ボールにあて大きくフォロースローして止まる。この時間は口で言うとずいぶん時間が有りそうだが、結構短い。しかも人によってこのスピードがちがう。

 昔はスポーツ写真の撮り方について書いた指導書を見ても、シャッターチャンスのとらえ方について書いてあることは、そのスポーツについてよくルールなどを研究し、あとはとにかく、早め早めにシャッターを切る。こんなことしか書いていなかった。

 しかしこの遅れをタイム・ラグという概念で考えると、タイム・ラグがどのくらいあるのか、これがはっきりすることで問題は大分簡単なことになってくる。ゴルフのボールを打つインパクトの瞬間だって、タイム・ラグがわかっていれば、クラブが振られているどの状態でシャッターをきればインパクトの状態か写るかは自明のことである。

 私の経験ではプロのゴルフ・プレーヤーの場合は、クラブを振り上げてバックスイングの頂点ぐらいの時にシャッターを押してちょうどインパクトの状態か写る。ところがゴルファーと言ってもシングルプレイヤーと初心者ではクラブを振り下ろすスピードは全くちがう。それに女性の場合はさらにスピードか遅くなってくる。

 だから練習場で2、3枚写して見れば、なんとかなるなどと思って写してもこれはとてもその瞬間を写し撮ることは出来ない。それぞれのスイングの速さにおうじて、どの位置でシャッターを切るとクラブのへッドはここで写るということを、実際に撮影して経験してみなければ駄目なのである。

 タイムラグを克服するのには色々な方法がある。この遅れの時間を撮る対象物の動きに置き換えるのが一番簡単だ。相手が自分のタイムラグの間にどのくらい動くのかをはっきりさせればよいからだ。

 簡単な例をあげる。陸上競技トラック、100メートルのレースだ。このゴールの瞬間つまり先頭のランナーがテープを切る瞬間を撮ることを考えてみるとわかりやすい。100メートルのランナーがこの距離を10秒で走るとする。これは1秒間に10メートルだ。これは10分の1秒の間にランナーは1メートル移動することになる。10分の1秒とは、一般的に一眼レフカメラをつかって撮影する人のおおよそのタイムラグの平均値である。

 ランナーがテープを切る瞬間を撮影するためには、なんのことはないゴールの1メートル手前でシャッターを切ればよいことになる。

 タイムラグという概念がわかったことで、たしかに撮影術も変わってきた。しかし写真の対象の動きは単純に距離に換算出来ないものもあるから、タイムラグなどなければよいと考えるのは当然である。

 何年か前に発売されたある高級一眼レフカメラのカタログを見ていたら、このカメラはタイムラグを“克服”した新機構を採用しと書いてあったが、タイムラグを縮めることは出来るが完全になくすことは出来ないから、これはウソだ。

 タイムラグを少なくするためにカメラメーカーの設計者は大変な苦労をしている。これはご存じと思うが、タイムラグを少なくするために一眼レフカメラのミラーを撮影のために上げない機構のカメラがつくられ発売されている。

 キヤノンE0S-1N RSがそうだ。これは反射ミラーにペリクルミラーを採用している。このミラーはレンズを通った光を35パーセントだけ反射してファインダーに送り、残りの65パーセントの光をそのままフィルム面に送って撮影する仕掛けになっている。

 この機構はタイムラグの問題だけでなく、一眼レフカメラの欠点である写す瞬間に映像が見えなくなることも解決することになる。固定ミラーという考え方はキヤノンのペリクルミラーだけではなかった。ニコンでもフィルムのモーター巻き上げを速くするために固定ミラーカメラをつくっている。このニコンFは市販にはならなかったが、たしか東京オリンピックの時にはあったと思う。固定ミラーは、どの設計者も当然考えることなのだろう。