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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

ブロニカ6×7GS
 中判カメラは一般にスナップ撮影に向かないと思われているが、これはカメラによる。たしかに手持ちで撮影するのにはどうにもならない不向きなカメラもあるが、そうかと言って出来ないことではない。ブロニカGSには6×7サイズにかかわらずスナップ撮影に対する適性があった。

 ブロニカGSのように大きなカメラををスナップ撮影に使うのは大変なことのように思うが、実際につかってみると意外に簡単である。はじめブロニカGSに65ミリの広角レンズをつけて街で人物スナップ撮影をやってみた。重いだろうと言うがニコンF4Sと目方はそれほど変わらない。実際には800グラムくらい重量はちがうのだが、手に持って見ると大きさとのバランスが良いせいか重さを感じないのだ。

 人物のスナップ撮影というと難しいことだと思いこんでいる人がいるが、どうやって撮るのか実際にやってみると大したことではない。ピント(焦点)を合わせるのが難しいと思いこんでいるから大変なのだ。オートフォーカスカメラでなければピントが合わないと思いこんでいる人もいるがそんなことはない。撮るときにピントを合わせようと思うから難しくなるので、ピントを合わせることを止めればよいのだ、ピントを合わせる行為を止めると言うよりは省略するといったらよいのだろう。どうするのかと言うと撮影する人物のフィルムに写る大きさを決めてしまえばよいのだ。

 35ミリカメラでは50ミリレンズで撮影するとき、縦位置画面いっぱいに人物全身つまり頭のてっぺんから足の先までを切らずに入れようとすると、カメラから対象までの距離は3メートルになる。だから人物スナップの最初の練習には距離をあらかじめ3メートルにセットして、人物をねらい画面一杯になったらシャッターを切る練習をする。あらかじめ距離をセットすることを(これは私のきらいな言葉でつかいたくないのだが)オキピンと言う人が多い。そんないい加減なことでピント(焦点)がしっかり合うのかと心配するが、たとえばレンズの絞りをf11に設定し、距離を3メートルにセットして撮影すると、被写界深度のせいでほぼ2メートルから5メートルの範囲がピントが合ったように見える。

 被写界深度とは、ある1点に焦点を合わせて絞りを開放から順次絞っていくと焦点が合ったように見える範囲が次第に広がっていくことを言うので、これをうまく利用することも写真術の一つなのである。

 3メートルで撮影する練習をすると、すぐ絞りf11ほど深い被写界深度がなくてもきっちりとピントが合った写真が撮れるようになってくる。だから昔の写真術では3メートルという距離感を大切にした。この3メートルの距離感覚が出来るとオートフォーカスカメラはあまり必要がなくなってくる。街に出かけてひたすら3メートルの距離で撮影する方法を試みるのもよい。

 この3メートル撮影法を65ミリレンズつきブロニカGSでやってみると横位置画面で人物全身を撮影するのにじつに具合のよい距離であることがわかる。画面上下に余裕があるから、ファインダーを覗かないノーファインダーで撮影しても画面の切り取りでまず失敗することはない。カメラの重量がちょうどよく安定しているから水平感覚もよく、面白いくらい良い写真が撮れる。しかも不思議なことにカメラがどっしりしているせいか、手ブレがしない。夕方、街の人混みのなかで撮影していて30分の1秒のシャッターでもあまりブレないのだ。

あまりに具合がよいのでつい撮りすぎてしまう。6×7サイズと言うことは120フィルム1本で10枚しか撮影できない。10枚の撮影はあっと言う間に終わってしまう。普通、中判カメラで撮影していると1本撮影するのが大変なのだが、それがほんとうにすぐ撮り終わってしまう。つまり35ミリ一眼レフカメラで撮影している感覚で撮影ができるのだ。中判カメラでこんな感覚で撮影できるカメラは少ない。

 カメラというものは面白いもので、同じような形をしていても撮り安いカメラと、なんとなくなじまないカメラができてしまう、デザイン、重量、動き具合、それに音も加わる。普通はどんなカメラでも慣れれば同じだと言うが、けっしてそんなに単純なものではない。それに個人差も加わるのだろう、手の大きさだって異なるのだからこの不思議はあるいは当然のことかも知れない。

 ブロニカGSが撮りやすいと感じるのは、あるいは私の手が人より少し大きいからかもしれないがそれだけではない。GSにはアクセサリーとしてスピードグリップがある。これは手持ちで撮影するときに安定し持ちやすくするために作られたもので、これをつかうと手持ち撮影がやりやすいと言われて買った。しばらく使って見たがが、スピードグリップつけるよりは、何もつけずにカメラを持つ方がずっと持ちやすく安定する。GSは正面から見るとボディは下部が広がっていて台形だ、ほんのわずか上に絞れている形が多分持ったときに手の中に安定する要素になっているのかも知れない。

 ブロニカGSはあまり人気のないカメラだった、現在も発売しているがメーカーもあまり宣伝しないカメラだから、それほどたくさんの人が使っているとは思われない。いままでこのカメラを評価して誉めた内容の記事をみたことはないが、これは使ったことがないからで、本気でこのカメラを使ってみたら多分私と同じ感想をいだくに違いない。私はこれは名機のうちに入るカメラだと思っている。

 名機と言うものは簡単に故障を起こしてはいけない。いま私がつかっているGSは使いはじめてからちょうど11年、もう二千本以上のフィルムを撮影しているが一度も故障したことはない。当たり前のことかも知れないが、これも名機と言われる一つの条件だと思う。