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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

二眼レフカメラ エルモフレックス
 いろいろ迷ったすえにエルモフレックスを買った。たしかIIID型と言ったと思う。エルモフレックスを選んだ理由は、製造会社であるエルモ社が8ミリムービー・カメラのメーカーとして有名であったし、戦前から二眼レフカメラを造っていたこと、デザインは地味だがなんとなく信頼がおけそうな感じがしたことなどであった。それにエルモフレックスにはオリンパスのズイコーレンズがついていたこと、シャッターがIIID型からセイコー・ラピットという当時一番の有名品がつかわれるようになったことも魅力で、選ぶ理由の一つになった。しかしなんと言っても、いつもフイルムを買いに行くカメラ屋のおやじさんが、エルモなら心配はありません保証しますとすすめてくれた一言が効いた。買った価格は覚えていないのだが3万円はしなかったと思う。昭和26年か27年のことだ。
 35ミリカメラをつかっていると、アングル(カメラの高さ・撮影位置)が撮影者の眼の高さになる。これは一眼レフでもレンジファインダーカメラでも、コンパクトカメラでも同じだ。写真は人間が撮るのだから人間の眼の高さで写真を撮るのは当たり前のことで誰も不思議に思わない。しかし写真の表現ではアングルを変化させることで写真が変わる。アングルを変えることは大切なことである。今日も新聞を見ていたらカメラ雑誌の広告に「特集・プロが語るとっておきのテクニック・カメラアングルで写真を変える」とでている。
 この広告はプロの技術として、カメラのポジション、アングルの選定がいかに必要なことであるかということを言っている。 35ミリカメラのファインダーはご承知のとおりアイレベルファインダーである。ふつう写真を撮影するとき、わざわざアイレベルからアングルをかえて写真を撮ることはしない。しかしアングルの変化でいかに写真がかわってくるか、これは実際にやってみるとこの効果はいちじるしい。私の教えている写真専門学校でも、一通り写真が写るようになってくると、早速に実習でやってみる課程の一つである。
 ところが二眼レフ全盛時代にはアイレベルの写真が珍しかった。二眼レフカメラでは、ファインダーのルーぺを上げて眼をルーペに近づけビントを合わせるのだか、エルモフレックスはミラーが入っていてアイレベルでピントを合わせることができた。しかしこれでは画面全体は見にくいのでミラーを上げ、眼を離してファインダーを上からのぞき込むことになる。ファインダーの覆いの前板を倒して透視ファインダーにすることもできるのだが、これは見にくくてあまり使わない。二眼レフカメラを普通に構えるとウェストレベルつまり腰の高さになる。ウェストレベルファインダーと言っても、もうだれもこんな言葉はつかっていないし、何のことかと思われるが二眼レフカメラはウェストレベルのカメラなのだ。つまり腰の高さのアングルで写真を撮ることになる。これができあがった写真に二眼レフカメラ独特の表現をもたらすのだ。
 それにフィルムサイズの問題がある。二眼レフカメラは6センチ幅のブローニー(120)フィルムを使う。6x6判というわけだ。実際に写るフィルムのサイズは5.6センチx5.6センチになる。画面が真四角なのだ。今でこそレコードのジャケットやCDなど正方形のものも多いから真四角のサイズに違和感を覚えないが、昭和20年代、正方形のデザインのものはそうなかった。印画紙は当然のように長方形だから、引伸ぱしのときは上下か左右を切り落とすことを前提としている。長方形の印画紙に余白を残して真四角に引伸ばしをするようになったのはそれから20年も経ってからのことだ。二眼レフを使いはじめてこれが気になってしようがなかった。縦横をあれこれ考えなくて撮影ができるから便利だなどと言うが、言い換えればいい加減と言うことになる。
 二眼レフカメラには75ミリF3.5のレンズがついているのが普通であった。10年ほど経ってワイドレンズや望遠レンズが付いたローライができたが、6x6判には75ミリが標準であった。75ミリレンズは画角で55度くらいで、35ミリカメラのレンズに換算すると、35ミリレンズの画角に近い広角レンズだ。これが二眼レフカメラで写した写真に共通の癖のようなものを感じさせることになる。
 エルモフレックスを買って、しばらくは夢中になって写真を撮った。そのころは風景写真に興味がなくもっぱら人間を撮影していた。ところが女性を撮影しても、下からあおって撮ることになるから美人に写らない。ピントだけは正確でよいのだが、気にいった写真は撮れなかった。どうして眼に見えるように写らないのかわからなかった。広角レンズの遠近感の誇張などということには、まだ全然気がついていなかった。
 それにもう一つ二眼レフカメラには大きな特徴がある。二眼レフだから当たり前のことなのだが、レンズが二つついていることだ、これは撮影してはじめてわかることなのだが、使い始めたときはファインダーレンズと撮影レンズの取り付けられている位置のちがいの大事さに気が付いていなかった。二眼レフカメラは撮影レンズとファインダーレンズとは中心で10センチほどもずれていないのだがピントグラスに写る像が正確なので、そのとおり写るものと錯覚してしまうところがある。カメラの位置、アングルは10センチちがえば写真の意味がちがってくる。それに気がついて写真は撮っていないのだから始末に負えない。その上ファインダーに映る像がいままで使ってきたどのカメラよりも正確だから、しっかりと画像を見て撮影する。現像して伸ばしてもらって、どうも写したときの印象とちがうことに何となく気が付くのだか。しかしその理由がわからなかった。
 エルモフレックスを買ったけれど、そのときは二眼レフカメラが結局好きになれなかった。ほとんど同時期に買ったオリンパス35をつかいはじめて、35ミリカメラの面白さに惹かれてしまったからだ。二眼レフをつかったのは3ケ月ほどだった。もう少しつかっていたら面白くなったのかも知れない。二眼レフカメラを本気でつかいはじめるのは朝日にはいってしばらくして、マミヤフレックスC型を使うようになってからであった。