オリンパス光学という会社は、小さいものを造るのがうまい。ハーフサイズのオリンパスペンもそうだったが、カメラづくりに独特の主張をもっている。一眼レフカメラのOMシリーズなど、ほかのカメラ会社の一眼レフカメラがどんどん大きくて重くなっていくのに比べると、とても小型で持ちやすい。35ミリカメラはニコンF4を主に使っているが、慣れているつもりでもときどき大きくて重くていやになってしまうことがある。いろいろな機能を入れて性能をよくするためにはやむを得ないことかも知れないが、大型化も少し考え直さなければいけなくなってきていると思う。写真学校の学生たちにニコンFM2が人気があるのは、マニュアルカメラだからというだけではない、小さくて持ちやすいからだ。最近のMZも女子の学生に評判がよい。これからの高級一眼レフカメラは大型化が一段落して、小型化がすすむに違いない。
オリンパス35は小さかった。高さは7センチでこれはライカとかわりがなかったが、横幅は11センチちょっとだから、ライカIII型の13.5センチに比べて2センチ以上小さかった。ライカを使うようになってライカに慣れてしまってからは、この左右非対称の形、大きさ、重さどれもが素晴らしいものになってくるのだが、このカメラを使い始めたときはまだライカを知らなかったから、オリンパス35は、二眼レフカメラやバルダックスに比べて大変に小さく写真が撮りやすかった。あまりに手軽で最初はたよりないような気がした。いま一眼レフの高級カメラをもっている人が、ちょっと出かけるのにはコンパクトカメラを持っていくのと同じような感じだったかもしれない。
オリンパス35を持ち歩くようになって、35ミリフィルムを使うようになった。このカメラはフィルムをマガジンに入れて使った。ライカ用のマガジンと同じ形だが専用があってこれを買ったように思う、このマガジンを3個ほどそろえてフィルムを自分でマガジンに詰めてつかった。富士の35ミリフィルム100フィート巻きの缶入りを、ひと月かふた月に1缶買っていた記憶がある。100フィートで36枚撮り17本くらい捲くことができた。マガジンを使った理由は多分フィルムが高かったからだと思う。パトローネ入りも売っていたが、一回の使用で捨てるなどと言うことはもったいないと思っていたし、パトローネは光線漏れを防ぐテレンプがフィルムをスムースに送るのに邪魔をするとか、フィルムの乳剤面に傷が付くからと言う理由であまり信用されていなかった。フィルムマガジンは、カメラの裏ブタを閉めるとケースの口が開いて抵抗なくフィルムが送られた。
そのころ写真雑誌に掲載されていた作品は、写真の教科書の役目もしていたから、作品のデータも熱心に見た。プロの写真家たちがどんなカメラを使い、絞りはいくつか、シャッターは何分の1秒を切っているのか、フィルムは何を使っているのか、写真をはじめたばかりの者にとっては大変に関心があって、結構このデータを参考にして写真を撮影していた。そのフィルムだが、作品のデータを見るとプロの写真家も国産フィルムを使っているのが大部分だったように記憶している。写真の友人が「あの写真雑誌のデータを信用してはいけない。プロの写真家たちは、じつはコダックのダブルXフィルムを使っている人が多い。しかし報道関係以外は輸入品は使えないことになっているので、闇でフィルムを買って撮影し、データは国産フィルムを使って撮影したことにしているのだ」と、物知り顔にしゃべっているのを聞いた。真似をしてダブルXを使って見ようと思って材料店にでかけ、輸入のフィルムはありますかと聞いてみたら、値段が国産フィルムの3倍以上で諦めたことがあった。講和条約締結以前の話である。
値段が安いことで買ったオリンパス35であるが、使って良かったことは、なんと言ってもスナップ写真が撮れるようになったことである。焦点距離40ミリのレンズがついていた。被写界深度などという言葉も知らなかったのだが、日中、距離を3メートルに合わせて闇雲に撮ると、ほとんど何でもピントが合っているように見えた。考えて見ると最初に距離計のついたカメラをつかはなくてよかったと思っている。距離計つきのカメラであったら、とにかく距離を合わせることだけに集中して、大事なものは何も見えなかったろう。
被写界深度のことだが、おなじ焦点距離のレンズは、おなじ距離にピント(焦点)を合わせ、絞りを変えていくと、絞るにしたがってピントが合って見える範囲が広がっていくという性質をもっている。オリンパス35の40ミリレンズは、絞りをf8に設定し、距離を3メートルに合わせると、大変大ざっぱな計算だがほぼ2メートルのところから5.5メートルまでの範囲がピントが合ったように見える。これは35ミリフィルムから新聞見開き2ページくらいに写真を引き伸ばして、ピントが合って見える程度のことを基準にしている。もちろん被写界深度というのはピントがあったように見えているわけで、ピントが合っているのとは違うのだが、実用上はまったく差しつかえがない。
スナップ写真をこの被写界深度を利用して撮ることをおぼえた。そのころはまだ被写界深度などという写真用語はつかわれていなかった時代である。いまオリンパス35は手もとにないし、カメラの使用説明書もないのだが、たしかレンズに距離3メートルくらいのところにクリックがついていて目盛りが止まるようになっていた。このクリックで距離をとめて撮影すると、オートフォーカスカメラと同じ感覚で写真を撮ることができた。距離が近いところを撮るときや、暗い部屋のなかではべつだが日中戸外ではこの固定焦点方式で撮影した。ピントを合わせることに気をとられないから、そのぶん被写体をしっかり見て、シャッターチャンスをねらうことができた。