TopMenu


吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

 ニコンFもキヤノンFもまだ出ていなかった昭和30年代はじめ、小型カメラはレンジファインダーのついた35ミリカメラが主流であった。レンジファインダー型といってわかりにくければ、人気のライカがそうである。コンパクトカメラのほとんどがこの型であるし、10月1日に発売されたコンタックスG2もレンジファインダーがついている。
 私のいた朝日新聞の出版写真部は雑誌の仕事をしていたから、スピグラなどの大型カメラだけでなく小型カメラもつかわれていた。大型カメラをつかうか小型カメラをつかうかは、取材の内容や撮影の条件、雑誌の扱いによってことなっていたが、人によっても選択はちがっていた。先輩のなかにはフィルムの精密描写性、粒状性のことから35ミリカメラの24ミリx36ミリサイズのフィルムを、あれはアマチュアのつかうものだと言ってはじめから問題としない頑固な人もいた。
 小型カメラは、ニコン、キヤノンを中心に国産カメラの時代になっていた。おなじ仕事場の人たちを見ると、いつの間にかニコン党とキヤノン派にわかれていた。これは小型カメラを使い始めたとき、ライカから始まったか、コンタックスから始まったかがその主な理由で、単純に形に対する好みというような趣味的な理由ではなかった。ピント(焦点)を合わせるために動かすレンズのヘリコイド(繰り出し)の回転が二つのカメラは逆であったことと、ライカはレンズの下についているレバーを動かして合わせ、コンタックスはシヤッターボタンの前にあるギヤーを回転させて合わせるという違いがあったからやむを得なかったと言える。素早く焦点を合わせようとしてピントを合わせる指が右手と左手ではとまどってしまい、シャッターチャンスが逃げて行ってしまう。
 1945年・昭和29年に入社した新入部員の私は、大型カメラはスピードグラフィックをあたえられたが、小型カメラは備え付けの古ぼけたライカIII型を使用するように言われた。入社以前に私が写真を撮るときに使っていたのは主に二眼レフカメラで、当時のアマチュアは二眼レフの愛好者が多かった。35ミリカメラはもっていたが、距離計のついていないオリンパス35である。
 入社してまもなくのこと、親父がお祝いにカメラを買ってやろうというので、ライカとレンズの併用ということを考えて、あまりためらわずにキヤノンを買ってもらった。キャノンのIVSbである。セレナー50ミリf1.8に、もう一本100ミリf3.5のレンズをつけてもらった。カメラの定価の金額を親父からもらい、割引をしてもらったので一番安い望遠レンズが一本買えたのだ。キヤノンIVSbはファインダーの見にくさをのぞけば、素晴らしいカメラであった。人にカメラを買ってもらったのは人生で後にも先にもこれ一回だけだが、本当に嬉しかった。この嬉しさと言うのが曲者で、なにかものすごく徳をしたような気分になり、レンズを買っても、カメラを買っても、もらったカメラの値段を差し引いて考えてしまうのである。これが病気の始まりで、この後、止めどもなくカメラやらレンズを買うことになる。
 そのころ、購入したカメラやレンズのことは、かなりはっきり覚えているのだが、どれを先に買ったか順番は忘れてしまった。最近になってそのころ買ったカメラの金額を計算してみると相当のものだ。親父の家に居候をしていて生活費の心配はなかったから、新聞社からもらう給料の大部分はカメラの支払に消えたのだろう。それでも当然のように足りなくて、いつも、カメラ会社や新聞社に出入りの業者に借金が残っていた。
 仕事では会社のライカと自分のキヤノンをつかっていたのだが、古いライカのシャッタースピードがたよりなかった。とくに500分の1秒をきると、ときどきシャッターむらができたりした。こんなことで、すぐもう一台キヤノンのボディをかうことになるのだが、その前にニッカを買ったようにも思う。ニッカはライカのイミテーションモデルで戦前からニッポンの名称で発売されていた。私が購入したのはニッカ3sで、ライカIIIcとの外観のちがいは前面にシンクロの接点が見えるくらいのことでよく似ていた。ニッコールのライカ用レンズがついていたからこれを愛用する人は多かった。
 私がニッカを買った理由はじつに他愛もないことであった。スポーツの取材で競技場に撮影にきていたアメリカ人のカメラマンが、ニッカの新品をライカと一緒に首からぶら下げていて格好がよかったこと、この印象が強かったときに、ニッコールの50ミリf1.4のレンズをどうしてもキヤノンにつけて使いたくて注文をしたのが重なってしまった。人気のレンズで品物が業者の手元になく、ニッカについているレンズをはずしてもっていきましょうかと言われ、それじやあ、ボディも一緒に見せてと頼んだ。カメラをみながら値段を聞いたら、思いがけないくらい安くしてくれるというので、衝動買いをしてしまった。
 ニッカもよくつかった。ニッカはフイルムを巻き上げるとき引っかかりが感じられること、シャッターボタンが気持ちだけ重いような気がした。ニッカもつかったがキヤノンをつかうほうが多かった。キヤノンのボディにニッコールレンズをつける。それがベストの組み合わせだと思った。ベつに粋がってやったわけではなかったが、なぜかそうなってしまった。これは結構アマチュアのカメラマンにも流行ったのである。