専科では、ピントとは点のことであると、言葉の意味を一つひとつ確かめるようにして写真の初歩から勉強をはじめる。このクラスの授業で焦点・ピントのことを話していたときのことだ、小生が学生時代、写真を撮り始めたころ、今のようにオートフォーカス・カメラなどという便利なものはなかった。距離計がついている高級カメラは手が出なかったから、正確に焦点を合わせるということがいかに大変であったか。(距離計つきのカメラについても説明をしなければわかってもらえないのである)を話していた。
写真をはじめたころ近距離で人物を撮ると、ピントが合った写真が撮れなくて写真の仲間に相談したら、巻き尺=スケールを使うと良いと教えられた。それでモデルの鼻先から三脚にのせたカメラまで正確に巻き尺で距離を測って、レンズの距離目盛りに合わせて写真を撮ったと話をしたら、信じられないという顔で大笑いをする。
露出だって大変だった。露出の目安はフィルムの説明書に書いてある「晴天順光のときF8で100分の1秒」しか基準が無かった時代のことだ。これなども半世紀も前のことだから、あまりにかけ離れすぎて参考になるよりも単なる笑い話になってしまうのである。
この話をしていて木製の大きな三脚にバルダックスをのせて、巻き尺の端を三脚にヒモで結びつけて、いつでも巻き尺を使えるようにして写真を撮っていた学生時代を思い出していたら、このスケールのことでミノックス・カメラのことを思い出した。
ミノックスには距離チェーン(スケール)という不思議なものがカメラについていたからだ。もう10年以上もミノックスで写真を撮ったことはないのに、現在でも仕事机の引き出しにずっとしまい込んである。ときどき取り出してはさわって、眺めて楽しんでいるカメラなのだ。
ミノックスといってもどんなカメラか知らない方が多いだろうと思うが、一時期カメラ愛好家にとって、垂涎の的(すいぜんのまと)的なカメラだった。こんな言葉をつかうと文章が時代がかって古いと言われかもしれないが、戦後ミノックスが人気を集めたころはこんな言葉ぴったりの時代だった。
超小型カメラだとかスパイカメラだなどと言って紹介されたこともあったが、とにかく小さかった。小さいだけなら他にもあったが、デザインが美しく、しかも精密機械そのもののような仕上がりだったから、一度眼にしたら機械美の愛好家ならどうしても手に入れたい欲求にかられるカメラだった。
小生が持っているのはB型だが戦後すぐに発売されていたのはA型で、これはA3型まであって東京オリンピックのころまで売られていた。A1型(RIGA)という原型は昭和12年1937年にラトビアで作られ発売されている。
ラトビア製というのが、しばらくわからなかった。現在はソビエトから独立してラトビア共和国になっている。第2次世界大戦のときバルト3国がソビエトに合併されたときラトビアのリガにあったミノックス工場の技術者たちがドイツに逃げ出して、改めて製造をはじめた。従って戦後A2型からドイツ製カメラと言うことになる。A1型がラトビア製、A2型からが西ドイツ製だ。
ミノックスB型は1958年から1972年まで発売されている。B型が38万台と一番多く製造されたそうだから、これが一番私たちの眼にふれた。その後C型が出て1978年まで発売されている。私のミノックス願望はこのへんまでであった。後継モデルのLX型はいくつかの型があって現在もつづいているようだし、98年になって強化樹脂(プラステック)製のミノックスカメラが発売されているが、これには魅力は感じない。
ミノックスB型の大きさは98×28×18ミリ重量は95グラムである。目方は軽いが手に持つとずっしりとして重い感じを受ける。小さい身体にぎっしりと精密機械が詰まっていますよという感じである。
8ミリ×11ミリサイズのフィルムを使う。レンズはKOMPLAN(コンプラン)15ミリ・F3.5である。グリーンとND4倍のフイルターが組み込まれている。シャッターは2分の1秒から1000分の1秒がついている。
面白いのは絞りがないことだ。常に開放F3.5絞りで使うことになる。NDフィルターがついているのはそのためだ。カメラには露出計は組み込まれている。
小生のB型はいつ手に入れたのかどうしても思い出せない。今使っている木の机はもう30年ほどになる。この机の引き出しに最初から入れてあった。引き出しを開けるたびにミノックスが眼に入ってくる。考えてみるともう何十年もこのカメラで写真を写したことはない。多分いままで手に入れたカメラで、最初のうちは実験やらテスト撮影で楽しんだが、枚数としては一番写真を撮らなかったカメラである。
ときどき取り出しては、肌触りを楽しんでいる愛玩用カメラということになる。そのたびにチェーン(鎖)にも手が触れる。ミノックスを手に入れたばかりの時はこの距離測定用鎖には感心した。カメラに取り付けられたチェーンの長さは60センチで、鎖に20センチ、24センチ、30センチ、40センチとコブがついている。60センチまで正確に距離が測れる。
ミノックスBは距離は目測で距離ダイアルを合わせて使う。距離ダイアルには無限∞、4メートル、2メートル、1メートル。60センチ、40センチ、30センチ、24センチ、20センチと目盛りが刻まれている。60センチ以下では被写界深度が浅く焦点が合いにくいのを考慮してだろう。チェーンのスケールをつかって正確に焦点を合わせなさいということなのだ。
このカメラを手に入れたころは、20センチから30センチでちょうど本の複写をすることが出来るので随分実験した。焦点が正確に合うと小さなフィルムなのに驚くほど精密な写真が撮れた。人物撮影も実験した。この距離スケールを使う撮影法は、カメラをつかいはじめたころバルダックスでさんざんやってきたことだった。
オートフォーカス機構など、とても考えることの出来ない時代に出来たカメラだから、技術者が距離用鎖を思いついたのだろう。小さくする、軽くするというカメラの理想の一つの究極に近づこうとしたカメラだった。
一月ほど前に買ったソニーのコンパクト・デジタルカメラ・DSC−T1をミノックスBと比較してみた。サイバーショット−T1は重量155グラムだから95グラムのミノックスより重い。大きさだって91×60×21ミリだから98×28×18ミリのミノックスより一回り大きいはずだがそんなに大きく感じない。ミノックスは撮影時は20ミリほど大きくなるから実体は同じくらいの大きさに感じる。
このカメラの写真を撮るために、2台のカメラをならべてみる。改めてコンパクト・デジタルカメラの小さいことに驚いてしまう。これが半世紀の差なのだろう。デジタルカメラはミノックスが考えた小さく、軽くというカメラの理想に簡単に消化してしまった。銀塩フィルムを使うという条件がはずれると小さくてしかもはるかに上質の写真が手に入ることになったのを実感せざるを得ない。
写された写真の精度は大違いだ。T1のほうがはるかに上だ。今の時代にミノックスで写真を撮ってみようなどという気持ちにはとてもなれない。簡単に言えばミノックスカメラは時代遅れといえるだろう。
しかし単純な性能比較では表されないものがある。このあたりが簡単に言えばクラシックカメラの魅力というのだろう。機械美プラス自分の思い出なのだろうか。
このマニアックなカメラの愛好家は現在もたくさんいる。ミノックスの8×11フイルムはカメラ量販店に行けば現在も売っているし、愛好家の団体もあって今年もミノックス写真展が開かれている。ヨドバシカメラには新しいTLXがならんでいる。
写真説明
(1)ミノックスBとソニーDSC T−1デジタルとをならべてみる。長辺はT−1の91ミリミノックスの98ミリだが撮影時にはミノックスは20ミリほど長辺が伸びるから、かなり大きく感じてしまう。
(2)ミノックスの距離測定用の鎖はずっしりと重い。革製のケースも魅力がある。