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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

ピンホール つづき
 古い話ばかりがつづいて恐縮だが昭和30年代の話である。写真とのかかわりを書こうとするとどうしても、そのあたりが出発点になってしまう。ピンホール写真とのかかわりもそうだ。

 朝日新聞の出版局の先輩記者にTさんがいた。私が入社したときに週刊誌のベテラン・トップ記者として活躍をしていた。トップ記事の取材は今もあまり変わりないと思うが、週刊誌でメイン記事を取材するときはキャップがいて数人の記者が取材にあたる。内容によってはこれに写真部員が加わる。

 Tさんがキャップで取材のとき、どういう巡り合わせか一緒に取材に出かけることが多かった。大変に緻密な取材をする人だった。

 このTさんの秘かな趣味が第2次大戦航空機のプラモデル作成だった。一緒に取材にでかけていた昭和30年代はじめのころ、すでにこの趣味に取り憑かれたのかどうかはっきりしない。多分Tさんが雑誌のデスクになられてからだろう。

 Tさんが新しいカメラを買った。写真部に頻繁ににカメラの使い方を聞きに来る。そのうちに聞きにやってくる理由がわかった。飛行機のモデルを写真に撮りたいのだが、どうもうまくいかないのでみたいなことで、Tさんのプラモデル趣味が公開されることになったと思う。

 私もそれから何十年も経ってから飛行機プラモデルをつくることになるなだが、そのときはプラモデルのことは何も知らなかった。Tさんが作っていたのは72分の1スケールのモデルであったが、当時はそんな縮尺があることも知らなかった。

 Tさんは自分が撮影した飛行機モデルの写真をキャビネくらいの大きさに引き伸ばして持ってくる。うまくいかないといっている最大の原因はピントの問題であった。72分の1モデルは皆さんご存知の通りそれほど大きくない。

 人気モデルの大戦航空機、日本海軍の0戦だって全長12.3センチ翼長15センチほどだから、接写の世界だ。接写になればなるほど被写界深度は浅くなってくる。Tさんは写真は素人だから被写界深度(絞りを絞っていけばピントが合ったように見える範囲が拡がる)のことなど知らない。

 Tさんにはとにかくピントを合わせたら、絞りを出来るだけ絞りなさいと教えた。ところがいくら絞っても前よりは良くなったが希望しているような写真は写らないと言ってきた。

 写真を見るとなるほどピントが浅い。

 それを見て、写真部の同僚たちが、ああだ、こうだと言っていたら、そこにいた出版写真部の先輩の誰かがピンホールだなと言った。そのとき、じつは恥ずかしい話だが筆者はピンホール写真をどうやって撮るのか知らなかった。当然のことだがピンホールをどう利用して、どうやってモデル飛行機を撮ればいいのか全くわからなかった。

 ピンホール写真のことをまったく知らなかったわけではない。写真の原理として本で読んでいたが撮影を実験したことがなかったのだ。レンズとピンホールの併用などは考えてもいなかった。

 こうなるとTさんのプラモデル撮影の問題だけではない、私の撮影知識の問題である。Tさんには実験してから、その撮影方法が良かったら教えますといった。

 出版写真部の先輩たちに聞いた。そのとき誰が言ったか覚えていないのだが、一人がピンホールはカメラのボディキャップに針で穴を開けると簡単に出来ると言ってくれた。もう一人、レンズとピンホールの併用はレンズキャップの中心に出来るだけ小さい穴を開けてレンズに被せて撮れば良いと言ってくれた人がいた。

 暇を見つけては実験してみた。始めは露出時間の見当がつかず難しかった。ボディキャップに穴を開けて撮る純粋ピンホールのほうは、あまり鮮鋭な画像が写らなかった。しかしレンズキャップ穴開け作戦は大成功であった。

 ピントを合わせた一番手前から、ずっと奥まで焦点が合っている。

 このころの写真は保存などしていないから、この原稿を書いている途中で改めて作例写真を作った。プラモデルを撮る話だから、昔、作った72分の1、第2次大戦機のモデルを取り出した撮ることにした。

 カメラはニコンD1−X。デジタルカメラにしたのは結果がすぐわかるからからだ。レンズは古いタイプのニッコール50ミリF2を選んだ。

 72分の1飛行機モデル5機を斜めの角度で縦に並べる。一番手前の飛行機から一番奥のモデルまで60センチほどある。少し斜め上の位置に三脚を据えカメラ画面を縦位置にする。一番手前の飛行機までの距離は40センチである。ファインダーをのぞいてみるとレンズの絞り開放では、一番手前のモデルの半分くらいしかピントは合っていない。

 絞りを11まで絞って撮影してみる。次は同じ画面でカメラを固定したまま、レンズキャップに0.5ミリのピンホールをドリルで開けたものを取り付けて撮る。露出時間は概算してみると、1分30秒くらいになる。シャッターをバルブにして90秒と120秒の露出をかけてみる。

 撮影後、カメラ背面の液晶モニターで確認してみると、ブレずにきっちり写っているようだ。

● 写真(1)は飛行機モデルの写真作例である。右が普通のマクロ撮影絞りはF11、左がピンホールを開けたキャップをかぶせての撮影である。 デジタルカメラは長時間露出ではノイズが出て画面が少し不鮮明になったが、一番手前から一番奥まで焦点が合っているのがわかる。

 もう一つ作例を作ることにした。
● 写真(2)は小さなモデルの作例である。右が絞りF11でのマクロ撮影、左がピンホールとレンズによる写真だ。どちらも50ミリF2レンズを使用している。

 小さい物をと言うことでチョコエッグに入っていたフィギュアを撮影した。このモデルはディズニーのキャラクターたちである。一番手前にエイリアンのステッチを置いた。これは高さが3センチほどだ、これを大きく撮ろうと思うとレンズの後ろに接写用リングを入れないと大きく撮れない。うすい接写リングを使う。

 背景はピノッキオやらドナルドダックたちだ。ファインダーで見るとステッチの鼻にはピントが合っているがあとは完全なアウトフォーカスである。ステッチからレンズ前面までの距離は10センチほどだ。絞りを11ほどにしてシャッターを切る。

 カメラを固定したままピンホールつきレンズキャップをつけて撮影する。露出は2分ほどだ。

 はじめてこの方法で撮影してから多分50年近く経っている。はじめはモノクロ写真であった。これが上手くいったので、この方法を吹聴してまわった。この方法でプラモデルは撮らなかったが、仕事でも接写のとき結構役にたった。それから大分経ってプラモデルを作り始めた。プラモデルのファン雑誌などを買うようになってTさんがモデルの写真撮影に熱心だったわけがわかってきた。

 この撮影法はピンホール撮影などと難しそうなことを言っているが、針穴絞りを使って撮影していると考えてみれば、ごく当たり前の方法ということである。
 なお現在のようにズームレンズが一般的になっているが、ズームレンズではこの撮影方法は出来ない。

 ピンホールとレンズの併用撮影はプラモデルフアンにとっては現在もごく一般的に使われているようであまり珍しいことでないようである。