TopMenu


Supported by





遠い昔の、遠いどこかに

外燈の光が明滅しては
暗い、夜の道を照らし出している
その下を、思いつめたような表情の母親に
手を引かれ歩いていく 女の子
あの子は、いま 幸せだろうか
あの子は、もっと大人になってから
幸せだろうか
ふと、そんなことを 考える

わたしの両親は
あまり仲がよくなかった
幼いころのわたしは、ふたりがケンカするたび
はらはらドキドキしていた
あのころ――
わたしは十分、幸せだった
わたしは十分満足していた
そんな暮らしが とつぜん
こわれることもあるのだろうか――
そんなことを、考えていた

わたしは大きくなった
でも、両親のケンカは絶えなかった
わたしは、もう、どうにでもなれ、とおもった

わたしは いま
何かを置き忘れてきたような
そんな感じがする
遠い昔の遠いどこかに
なんのおそれも不安もなく、ごくごく自然に
幼いままでいられた あのころの自分が

ふっと、わたしの前を
横切ったりする


このごろでは……

落葉をカサカサと踏みしだく音――
もう、こんなにも 木々の葉は散ってしまった
今年の秋の訪れは早かった
そして 、もう この風の冷たさ――
ほんの、ひと月まえのことでさえ ぼんやりとしか
おもいだせないような あわただしい日々……

――かつて、わたしのこころは
なんだか切羽つまっていた
あそこで、ふざけ合っている 金色や茶色の
髪をした子たち……彼ら彼女らのように
お互いの存在を、その違いを
なにも意識することもなく、睦み合う――
そんなことも ほとんどないままに、たとえば友達と
おしゃべりしても、彼ら彼女らの のんきな人生観や世界観に
わたしの、切羽つまった考え方を いつも覆いかぶせて
彼ら彼女らを 閉口させた

わたしにはいろいろとやるべきことが
やらなければならないことが
あるようにおもえていた
それは、そのときのわたしには いかにも
手に負えないことのように おもった
だから、わたしは もっと大きくなりたいと
そればかり 考えていた

ほんとうは 自分自身の幼さが
がまんできなかったのかもしれない

そして、いまは
ちょっとの充実感を手に入れた その代わりに
なんだか疲れたようなこころが 他人のように
わたしのなかで 息をついている


冬でも暖かい国へ

冬でも暖かい国へ、つかのまの旅行をしてきた
みたこともないような青い海が
みたこともないような明るい暑い日差しのなかで
輝いていた
わたしのこころも、かつて感じたこともないくらいに
のびやかさを取り戻し、異国の人と
なんの隔てもないままに 言葉を交わし合う自在さを
呼吸していた

暖かな国にも 暮らしの陰影があり
そこの人たちはそこの人たちなりに大変なのだ――
そう、おもいながらも
自分のこころが、あんなにものびやかだったこと
あんなにも自在だったことが
ただ、ただ うれしかった

――この国へ、この暮らしのリズムのなかへ
戻ってきて、もう一週間が たとうとしている
テレビのニュースは、この国の さまざまな問題を
懸命に述べたてている
こころのなかで一緒になって 考えていたことごとが
いまでは、なんだか ひとごとのように おもえる

わたしは夢をみていたのか
冬へと向かう、冷たい朝の光のなか
わたしの、あの のびやかなこころの表情は
もう、こんなにも かたく こわばってしまった

どちらがいい、とか あれこれ考えるのは
もう、やめよう
自分を“よく生かす”ために
いま一度、動いてみる
頭で考えるのではなく、“肉体”の感覚に素直に、よい方向へ
自分を、自分の愛する人々を導くために 動く
それで、いいのではないだろうか

すべては、これから先のこと
どのように、どうやって これから先
わたしは 生きて ゆこうか


MODEL: Wang Ying
Stylist & Hair Make up: Noriko Sasaki