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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

花の写真
 2002年2月号のアサヒカメラに花の写真を掲載しました。ついでのときでもご覧になってください。

 小生以前から、植物学者・牧野富太郎の『植物知識』冒頭にある「花は率直に言えば植物の生殖器である」と言う言葉に啓発されるところがあって、花はたしかにきれいだが、たんにきれいきれいだけでなく、性という言葉から受ける不可思議で妖艶なイメージを感じさせるような写真を撮りたいと考えていた。

 ほとんどの人は「花はきれい」で写真を撮っているが、植物の生殖器としての花を強く意識して花を撮ると言うことは、植物のヘアヌードを撮るようなものではないだろうか、それならば考え方を一歩進めてポルノグラフィーとしての花を表現したいという欲求もありうることになる。

 性はときに妖艶であり、凄艶である。
 花の妖艶、凄艶を撮りたいと思った。試行錯誤して花を撮っていくうちに、この表現には花の核心に迫ることが一番と考えた。花の核心はメシベ、オシベだ。

 花芯・メシベ・オシベを撮ることで性の妖艶は現れないか。そのためにはマクロ撮影が必要になる。子供用の図鑑からはじめて植物関係の写真、図鑑を図書館で探してみたが、考えているような絵も写真も一枚もなかった。

 ニコンF用の接写装置を買った。いろいろ試みたが24ミリのレンズを逆にしてベローズ(接写用蛇腹)に取り付けたものが一番接写できる。しかしこのマクロ撮影ではたとえばサクラの花一輪全体を拡大する程度である。倍率で言えば2倍くらいだ。

 これでは駄目だと思って、次に考えたのは顕微鏡だ。顕微鏡撮影は30年以前からやっていたのでわかっているつもりだった。顕微鏡を一度でも経験した人はすぐわかることだが、焦点が浅い、ガラスのプレートに挟んだような平面にしかピントは合わない。

 しまい込んでいた顕微鏡を取り出した、改めて撮影をやってみたが、焦点の浅いことを再確認することになる。これでは考えている写真は撮れない。

 立体顕微鏡がある。これをのぞいてみると鉱物の標本など確かに立体に見え、ピントが深そうに見える。しかしこれもカメラを取り付けて撮影してみると当然のことだが被写界深度が浅くボヤボヤの写真しか写らない。

 光学顕微鏡で駄目ならばと、走査電子顕微鏡を見せてもらった。小さな物体の表面をナメるように精密に描写する。しかしご存じのように電子顕微鏡はモノクロである。そうして写される写真は科学写真のイメージが強く標本的写真になってしまう。

 こうなったら自分で撮影装置を作るほかない。顕微鏡用の対物レンズをベローズでカメラに取り付け、いろいろ工夫して撮影をはじめた。拡大率を一定にしてカメラをピントの合う位置にもっていく、これで撮影してみるが、被写界深度は浅く、とても写真として見れたものではなかった。

 アサヒカメラに花の写真を発表するといろいろな人から、どうやって撮影したのか教えて欲しいと言ってくる。答えはレンズの組み合わせとピンホール写真(針穴写真)だとだけ言っている。

 さて掲載した写真だがみなさんがどんな風に感じたか是非聞きたいと思う。性の妖艶のようなものを表現したいと言ったが、そのイメージに少しでも近づけたか、どうか、と思うからだ。妖艶の妖、つまり妖しさはわずかだが近づけたと思うのだが、艶の表現はまだまだである。

 現在四十点ほど写真をつくったが、あと一年ほど撮影をつづけて写真展など開ければなどと夢をみている。

 連載の失敗の話とかけ離れたようだが、じつはこの花の写真も失敗の連続ということだ。