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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

一眼レフカメラの長所と欠点 3
 ペンタックスやニコンFを始めとする35ミリ一眼レフカメラが使われはじめたころは、一眼レフの長所ばかりが目立って欠点に気がつかなかった。しかしプロ写真家や報道関係のカメラマンは、このカメラにすぐ慣れ、そうしてこのカメラの致命的な欠点に気がつくことになる。

 一眼レフカメラはレンズが結ぶ画像を、ミラーをつかって直接焦点板に映して見る仕掛けになっている。シャッターを切るときはミラーをそのままにしておくわけにはいかない。ミラーを上方に跳ね上げてレンズから入った画像をフィルム面に写し撮らなければいけない。当然のことだがミラーを跳ね上げた瞬間にピントグラスの映像は見えなくなってしまう。

 私が最初につかったペンタ式一眼レフカメラ・ミランダはシャッターボタンを押すとミラーが跳ね上がったままになってしまい、見えていたピントグラスの画像は見えなくなってしまう。フィルムを巻き上げることでミラーが元の位置にもどる仕掛けだったから、映像が消えた瞬間が写し撮られているだろうということがわかった。もちろんフィルムに写った瞬間の映像は見えない。

 初期の一眼レフカメラからペンタックス・ニコンFになって、ミラーがクイックリターン方式になった。シャッターボタンを押すことで跳ね上がったミラーはシャッターが切られるとすぐもとにもどるようになったのだ。クイックリターンかどうかが第一期の一眼レフカメラと次世代一眼レフカメラとを区分けする一つの基準になっている。

 クイックリターン方式になると、このミラーの戻りが速いものだから、肉眼では一見、映像はとぎれなく見えているように思ってしまう。しかし一眼レフ以前から多少写真を撮っていた経験者は、間もなくシャッターが切れている間はこの映像が見えていないことに気がつく。写真家たちは自分が撮った瞬間の映像をかなり強烈に脳裏に刻み込んでいるのが普通だから、これが見えないことに悩むことになる。

 暗闇でストロボを発光させて写真を撮って見るとこのことがよくわかる。ストロボ光線は閃光時間が短いから、ストロボ光線に照らし出された瞬間がフィルムに写し出される。ところが一眼レフカメラのファインダーを覗いたままではこの瞬間が見えない。うっかりすればストロボが発光したのかどうかもわからないことになる。プロの写真家は当然のこと、アマチュア写真家でも上級者になればこの自分がシャッターを押した瞬間の映像が見えないことは致命的な欠陥ではないかと気がつくことになる。

 昭和20年代にはまだ、どこの新聞社にも名人と言われるカメラマン、あるいは名人の亜流のようなカメラマンが何人かいて、この人たちはたとえば、人物の肖像写真をたのまれて、カットホルダーに入ったフィルム一枚だけもっていって撮影し、ただ一回のシャッターで撮影してくることを自慢にしていた。

 私が昭和二九年に入った朝日の出版写真部にもこの系統のカメラマンがいたし人物写真についても考え方が根本から違う写真家もいた。なぜ一枚撮影が名人と言われたかというと、当時の撮影機材ではまず正確にピントを合わせることが、一つの技術とされていたのだ。それに露出だ。明るさをはかるのは撮影者の感に頼っていた。この二つだけしっかりできれば、これで立派な一人前以上のカメラマンとされる風潮があったのだ。つまりピントが合って、きっちり写ることが職人的な技術としてもてはやされていた時代があったのだ。

 しかしこの名人も、一眼レフカメラで写真を撮るとなると様子が違ってくる。写った瞬間が見えているから一枚撮影して、それでおしまいと言えるが、ファインダーのなかでそれが見えない確かめられないとなっては、とても1枚でおしまいなどと言いきれるものではない。大部分の人、とくにお年寄りに多いのだがカメラを向けられると必要以上に瞬きをする。これが不思議なことにシャッターと同調してしまうのだ。撮影した瞬間が見えていると、眼をつぶった瞬間かどうかはわかるのだが、見えないではどうしようもない。

 だから色々な方法でこれをカバーしなければならない。やたらとシャッターを押して数をたくさん撮れば1枚や2枚は大丈夫だろうという方法をとるものも出てくるし、右の眼でファインダーをのぞき、左の眼で直接対象をみてシャッターをきる。ペンタプリズムの上に透視できる光学ファインダーや枠ファインダーをつけるなどの方法を考え出した。また50ミリ以下のレンズはライカタイプのカメラをつかい。長焦点レンズは一眼レフカメラをつかう。この方式が一番多かったと思う。

 新人がボクシングの撮影に出かけた。ニコンFがでて3.4年経った頃のことだ、世界選手権の試合で、彼は2階席で望遠レンズをFにつけ撮影した。4回か5回の比較的にはやい回に日本人の挑戦者がノックアウトされた。彼はカメラのファインダーのなかで挑戦者が45度に傾いて倒れる瞬間を見て撮影した。素晴らしいシーンが撮影出来たと意気揚々、社に帰ってくる。

 興奮している彼はすごい写真を撮った45度だ45度だと大騒ぎをする。デスクが彼をつかまえて、本当に写っているかい。それなら明日の昼飯を賭けよう写っていたらご馳走してやろう。駄目だったらおまえさんが払うんだよ。どーだい。彼はああいいですよ帝国ホテルだってどこだって いいですよと、大変強気である。彼は写したフィルムを抱えて暗室に入る。

 しばらくして、しょんぼりと暗室から出てくる。写っていなかったのだ。フィルムにはノックアウトされてキャンバスに大の字になった敗者の姿しか見えない。これはデスクの方が一枚も二枚も上手だ。デスクは彼がニコンFに望遠をつけて試合を撮っていることを知っている。

 一眼レフで45度のシーンが見えたらこれはその瞬間は写っていないのだ。試合を望遠レンズを通してしか見ていないものが45度の映像が見えたと言うのでは当然そのシーンはフィルム上にはない。彼はまだ一眼レフカメラの欠点を知らずに使っていたのだ。若い彼はそれからしばらくは同僚や先輩たちから45度45度といって冷やかされることになる。