TopMenu


吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

コンタックスRTSIII
 アマチュア写真家の間では、何故銀塩フィルムよりデジタルカメラのほうが解像力がよく鮮鋭描写に優れているかを説明して、フィルムは感色層が三つ重なっているので、この3層の乳剤の重なりが20ミクロンくらいあって微視的(ミクロ)に見れば、フィルム表面ではなくピント面が三つあることになる。

 それに比べてデジタルの撮像素子は表面だけだからピントが狂わない。というそれらしい説明が、もっともと言うことで受け容れられ納得されているようだ。しかしほかにもいろいろ原因がありそうである。

 35ミリフルサイズの撮像素子(受光素子)をもつキャノンEOS-1Ds-M2やEOS-5Dをのぞけばデジタル一眼レフカメラではほとんどがAPSサイズの16x24サイズであるし、フォーサーズ・デジカメでは13x17くらいのサイズだ。

 当然のことだが撮像素子がちいさくなれば、レンズのイメージサークルは小さくてよく、レンズの焦点距離も短くなる。それにしたがって被写界深度が広くなるから、全部ピントが合ったように見えることにうなる。たしかにデジタルカメラではパンフォーカスの写真が多い。

 レンズの性能が画期的に良くなったこともある。デジタルカメラ時代になって、結像する画像面積が小さいからし、レンズが改めて新技術で設計された。非球面レンズもどんどん使われるようになって画期的に性能が良くなった。

 もう一つ思いつくのは、銀塩フィルムの平面性の保持機構に比べるとデジタルカメラの受像素子は平面性保持の心配の必要が無くなった。苦労をせずに平面性で優れているのだ。35ミリフィルムカメラでは圧板でフィルムを押しつけフィルムの両脇についているパーフォレーションをギアで引っ張ることで平面化につとめている。

 それでもフィルムのピント面のカーリングや凸凹性は正確なピントのためには障害になる。カメラ内でフィルムの平面を保つために良いのはバキュームでフィルムを吸着することが良いと考えられていた。

 コンタックスRTSIIIがこれを35ミリカメラで初めて実現したのだった。RTSが発売されたにはたしか1990年だった。ニコンがF4時代になり、キャノンがEOS-1になって間もないころだった。各社の最高級機がAF AEに移り変わっていくころである。カメラファンの眼がAF機能の良し悪しを言い始めたころに、マニュアルの最高級一眼レフがあらわれたことになる。

 ニコンF4Sを買った直後だった。そのずっしりとした高級感を楽しんでいたのだが、ボディだけで1.3キログラムを超える重量にはまいってしまった。発売前のRTSIIIが写真部に持ち込まれてきたのは90年になっていたと思う。驚いたのはその重量だった。電池を入れるとニコンF4Sより大分重い感じがした。

 全金属ボディであることと、カメラにツアイスのバリオゾナーの大きく重いズームレンズがついていたせいもあって、いかにも重量がある感じで、よけいに重さを感じたのかも知れない。

 このカメラ以前に京セラから発売されていたコンタックスRTSの2型はデザイナーとツアイスのナーレンズを宣伝していたが、あまり興味を感じるカメラではなかった。RTSIIIを初めて見て驚いたのはバキューム機構(真空吸着フィルム安定機構)がついたことだった。

 このフィルム面安定の仕掛けは、カメラにこんなものを付けたらとてつもなく大きく重いものになるだろうという予想に反して意外に小さくまとめられていた。バキューム機構が魅力的だった。フィルム面の真空吸着というのは小型カメラでは世界で始めてであった。

 かって世界で一番大きく、高価なカメラである航空撮影用のスイス製大型カメラ、ウィールドRCにはこの真空吸着装置がついていて10インチ幅(25センチ)のロールフィルムを連続撮影でも一枚一枚フィルム圧板に吸着してフィルムの平面性を出していると聞いて、府中の飛行場に航空測量会社のカメラを取り付けた飛行機を見にいったことがあった。

 このカメラは飛行機に完全に固定するように装着されていて人間の体ほどもある大きさだからバキューム装置を取り付けることが出来るのだと納得したことがある。コンタックスRTSIIIがカメラの裏ブタをわずかに膨らませただけで装置を取り込んでいたのにまず感心してしまった。

 このカメラがでて、10ミクロンから20ミクロンあると言われたフィルム面の凹凸を、2ミクロンから3ミクロンにすると騒がれた。このカメラがでた後で、35ミリカメラにはそんなものは必要ない。撮る対象が平面ではなく立体だから平面保持が完全に出来なくても、被写界深度に隠れてしまうからいらない。バキューム装置が必要なのは120フィルム以上の中判大判カメラだという意見が結構強かった。

 実際に写してみても真空密着装置を使ったのと使わなかったのではそれほど違わないのではと言われた。テストして見ると、このカメラではレンズを絞り開放に近いほうで使っても明らかに解像力で優れていた。写真部員の一人がぜひ複写でテストをしてみるべきだと言いだして、50ミリF1.4レンズを付けて複写室に持ち込んでテストをした。

 出版(図書、雑誌)の仕事では、写真の複写を始め絵や書の撮影など平面を撮る仕事がじつに多い。平面のピントを出すために絞りを出来るだけ絞ったほうが良いと思われるので、絞り16が常用になるのだが、実際に複写撮影をするのには、50ミリレンズではf16まで絞ってしまうよりF8くらいまで開けた方が良い。実際にはF5.6くらいが一番解像力が良いという結果がでていた。

 屋外や室内でいろいろ撮影してフィルムを現像してみると、それほど違いはわからなかった。ところが平面を撮影する複写では結果を見て驚いた。バキュームの効果がはっきりとわかるのだ。F2くらいの絞りで撮影したものが鮮鋭に写っている。

 結果を見てこれは複写用に買うべきだと意見が出たが、値段を聞いて即決できなくなってしまった。あのころ発売されて間もないニコンF4がたしか25万円」くらいだと思ったが、コンタックスRTSIIIはボディだけで35万円が定価だった。マニュアルフォーカスのカメラが30数万円と聞いて驚きためらったということだった。

 そんなことがあってまもなく、出版写真部を辞めて写真学校の講師になったから写真部がRTSIIIを購入したかどうかは知らない。だが写真部の現役カメラマンとして出会った最後のカメラであったから、実際に使ったことはないのにじつに記憶がはっきりしている。

 コンタックスRTSIIIはオートフォーカス機構はついていないが、AE機構はととのっていた。シャッターは8000分の1秒までついていたし。ファインダーは視野率100%であったから最高級カメラとしての機能は十分であった。随分と食指が動いたが思いとどまったのは重量であった。

 現在、中古カメラの市場では、大変に人気があってコンタックスRTSIIIは傷のないきれいなボディは20万円以上するそうだ。35ミリMFカメラの最高としてのメカニズムがカメラ愛好家の興味を惹くらしい。

写真説明
(1)コンタックスRTSIII レンズ・ツアイスバリオゾナー28ミリ=85ミリズーム
(2)RTSIIIのカタログに掲載されているRTV(リアルバキューム)メカニズムの説明イラスト。左が真空装置が作動していないフィルム圧板。右が真空装置が働いているときの圧板の状態
(3)上がRTV真空圧着装置が作動していないときのフイルムの状態。下はRTV が働いてフィルムが吸引されている状態