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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

ピンホール・カメラ
 写真展『植物の生殖器・花・メシベ・オシベ』がすんで1月ほどたつ。写真展はおかげさまで好評でした。会場の入場者数をチェックする機械によると6,000人ほどの入場者があったそうだ。

 地方の友人、知り合いの方から写真展に行きますが、先生、会場にいますかという連絡がたくさんあって、わざわざお出でいただくのに、不在では失礼と思い出来るだけ会場に詰めていて、結局、期間中毎日、会場に行っていた。

 会場にいると、どういう機材をつかって、どうやって撮るのかと言う質問がつぎからつぎへとあって、この質問に答えるため、友人や知り合いの人が来ていられるのに挨拶をしている暇がなかった。

 撮影方法についての質問の理由は、これだけ接写をするとピントが浅くてボケボケになってしまうのではないかという疑問からだ。ピントが浅いと言う言い方は正確ではない。この場合やはり被写界深度が浅いというべきであろう。

 被写界深度などというと、面倒くさくてわかりにくいと思いこんで読まない人がでてくるので、このへんはとばして前にすすみたいのだが、これを理解してもらえないと話がすすめられないところがある。

 簡単に言えば、ある1点に焦点(ピント)を合わせたとき、レンズの絞りを絞っていくと(光が入る穴を小さくしていくと)ピントを合わせた所の前後にピントが合ったように見える範囲が拡がってくることを言う。

 写真展が終わってからも、問い合わせの手紙をたくさんいただいた。会場でもこの質問への答えとして、ピンホールを利用しましたと申し上げたから、いただいた手紙の返事にもおなじことを申し上げた。

 会場でもピンホールと言っただけで、すぐ納得されるかたもいたが、ピンホールカメラのことを知らない方に説明するのは難儀だった。

 ピンホールカメラはレンズを使わない。光の直進性を利用して像を結ばせる針穴カメラのことで、カメラの原型というのことになるが、その理論はとなると専門家ではないからあまり上手く説明できない。

 私の子供の頃は、どの家にも雨戸があった。子供の頃の記憶に日曜日朝寝坊をしていると、雨戸の節穴から光が差し込んで部屋の壁やふすまに外の景色が映った。これがピンホールの原理なんだよで説明できたのだが、雨戸のある家がなくなったからどうも説明しにくい。

 雨戸を知らない人にはこれを説明するだけで厄介なことである。雨戸は粗末な薄い木の板で出来ていた。板の節穴が抜けてピンホールになるなどと言うことを説明するのはさらに難儀なことである。

 カメラの原型であるカメラオブスキュラは暗い部屋の意味だが、この暗い部屋の一方の壁に小さい穴を開けると、対面の壁面に外の風景が結像する。これは古代ギリシャの時代から知られ、16世紀には画家たちがこれを利用して絵を描いたと言われている。

 16世紀も半ばを過ぎるとこの小さな穴に光学レンズを併用して使われるようになる。言い方を変えると写真がはじまったのは19世紀はじめだが、カメラは写真よりずっと昔からあったというこだ。

 7、8年前にピンホールカメラが流行ったことがある。その時期ピンホールカメラによる写真展がほうぼうで開かれていたから、ご覧になったかたも多いはずだ。写真学校の先生がたの中にもピンホールカメラに熱中した方が何人もいた。

 95年度の写真学校専科の学生の中に或る機械メーカーの役員を定年で辞められてから入学してきたMさんがいた。ちょうどピンホールカメラのブームの時代だった。Mさんは学校を卒業してからピンホールカメラに熱中した。

 機械工作に関しては専門家だから0.4や0.2ミリくらいの穴を開けるのは簡単なことで、自作で薄い銅板にドリルで穴を開けたり、知り合いの職人のかたに開けてもらったピンホールを使って写真を撮られた。

 Mさんは私が毎月行っていた淺草の写真クラブのメンバーとして活躍されていたが、残念なことに亡くなられてしまった。Mさんからピンホール写真を伝授された人が何人かいた。同じクラブのWさんもその一人でMさんからわけてもらったピンホールの銅版をつかって何台もカメラを作りこれで撮影した。

 Wさんはこのピンホール写真を月例にたびたび出品されたが、たいへんに独特のもので、私がかって見たことのない写真表現をされている。Mさんが亡くなってしばらくしてWさんが手製のピンホールカメラを私にプレゼントしてくれた。

 4×5のカットフィルムホルダーを使うカメラである。これはMさんから先生へのプレゼントですとWさんは言う。大変感激した。それまでピンホールを利用したことはあったが、こんな形のピンホールカメラは初めてであった。改めてピンホールカメラによる撮影を勉強した。

 このピンホールカメラでの実験的な使用が今回の写真展の作品を作り出したとも言える。ピンホールカメラはレンズカメラと違って焦点がないというか、近いところから無限遠まで焦点があってしまう。これを利用しないテはない。

 欠点は露出時間がかかることだ。だからピンホール写真では人物が写つせないと思われていた。しかしWさんが撮影するピンホール写真には人物がかなり普通に登場してきていた。これもピンホール写真に目を向ける一因になった。

 ピンホールカメラにデジタル受光素子を使った例は無かった。画素数の多いデジタルカメラを使うならば、かなりの精密描写が可能になる。ピンホールカメラにプラス、デジタルカメラが花・メシベ・オシベの写真を生み出した。

写真説明(1)カメラオブスキューラ(部屋型)の原理
       カメラオブスキューラも始めはレンズが付いていなかった

写真説明(2)
  Wさん=渡辺栄五郎さんが作ったピンホールカメラ
  0.3ミリのピンホ−ルが開けられた銅板がついている
  4×5インチのカットフィルム用ホルダーと
  6×8センチのフィルムホルダーが使える