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変わらない、何か

渋谷駅にくるたびに 口をついて出る言葉
「なんて、人がいっぱいいるんだろ」
驚きのようなためいきのような
とにかく、いまやこれがこのまちに
入っていくための心の準備

日焼けした女子高生たちが制服姿で
アイスクリームを頬ばっている
仕事を終えた若いサラリーマンたちが
どこへ繰りだそうかと楽しそうに
店の名前を挙げあっている
白人や黒人が“ハチ公”の前で
まだこない仲間たちを待っている
集まる人々の雰囲気も、あのころとは違う
まちは変わっていくのだ

“若者のまち”といわれて久しいこのまち
かつては“若者”の一人として、わたしも
このまちのあちこちを さまよい歩いた
仕事についてからこのかた
ここにくることもめっきり少なくなったけれども
この、人の多さは変わらない
かつては、それがなんだか
うれしくさえあった
自分で勝手に、大勢の仲間たちといるような
連帯感を感じていた
自分は独りではないんだ、という
さみしさを感じずにいられた
けれどもいまではそれがただただ
うっとうしく感じられる――
わたしも変わったのだろうか

信号が青に変わると
人の波が車道を好きなように
縦横無尽に渡っていく
対岸からも仕事帰りか遊び帰りか
人の波が広がってくるけれども
これからの時間を楽しもうと燃える
向こう岸へ渡る大量の波が
それをあっさり呑み込んでしまう
何分かすれば わたしもあの波の中へ
呑み込み呑み込まれてゆくのだ
このまちで、かつて出会ったひとびとと
もう、ほとんど会わなくなった
これから、会うひとは
あのころのわたしを知らないひと

駅前の空いたスペースから
どこかで聞いた懐かしい音楽が流れはじめる
南米のフォルクローレのひびき
「コンドルは飛んでいく」だ
あのときと同じ、四人組だ
南半球から海を越えてやってきた四人組だ
ケーナのひびきにギターと打楽器がゆっくりと絡み合って
わたしを、もう忘れてしまった遠い世界へ
そして、まだ見ぬ世界へ
連れていってくれる
中学校の音楽の授業で笛で吹いた
サイモン&ガーファンクルが好きになって聞いた
ヨーロッパを旅行したときも、あちこちのまちで聞いた
このまちでも、もう何回か耳にしている――
そのときどきが思い出されて懐かしく
つかのま、自分のなかにある
まだ変わらない何かを感じられるのが
なんだか、うれしい


梅雨がやってきた

じめじめとうっとうしい
梅雨の季節がやってきた
混み合う電車のなかに立っているだけで
汗のにじみ出た肌に衣服はまとわりつき
顔はてかり、しめったような匂いが鼻をつく
梅雨があければ、殺人的に蒸し暑い夏
考えるだけで憂鬱になる
「今年は水不足にならないといいがなあ」
汗を額にいっぱいためながら
初老の男性ふたりがしゃべっている
そうだった 去年は空梅雨で
夏から先、水不足が報じられた
だからといって、このまちがこの時期
うっとうしいことに変わりはないのだ
このまちを抜け出して、どこか気候のいいところへ――
そんな、漠然とした夢が ふと
わたしの心のなかで 頭をもたげる
初老の男性たち
おそらくあなたたちは、もう人生の大半を通過し
この先、このまちで日々の暮らしを営んでいくことに
なんら、疑問もなにももっていないのかもしれないけれども
家族の団らんや子供の成長や
ささやかな趣味や近所づきあいや
そんな小市民的な幸せで満足しているのかもしれないけれども
もちろん、わたしはそれを否定しないけれども
わたしは、少なくともこのわたしは
あなたたちのようにはなれないし、なりたくないし
がんばって、なんとかしたいと
きわめて漠然としてはいるけれども
それが、われながらいかにも歯がゆくはあるけれども
思って いるので あります

では、幸せとは――
おカネをためて裕福な暮らしをすること?
ささやかでも愛にあふれた家庭を持つこと?
それとも、やりがいのある仕事を通じて
自己の実現をはかること?


風雨のなかで

風が音を立てて吹きつける
雨足がいっそう激しくせまってくる
それをながめる、わたしの心は静かだ
隣の家のアンテナが倒れている
屋根瓦が2,3枚 はじけとんでいる
その向こうでは 欝蒼と葉の繁った
大きな木が 身をくねらせている
雨が猛然とベランダを叩きつける
窓を開け放ち、ぼんやりと敷居の際で
わたしは、そんな風景に心を預けている
足もとにも雨風が吹きつける
わたしは身じろぎもしないで
むしろ心地よく その感触を楽しむ
それにしても、あの木の揺れ方といったら
リズムに合わせて激しく踊る
ラテンの人々のように豪快で屈託がなく
それをながめる わたしの心も揺れる
いっそ、もう会えなくてもいい、と
なかば居直ったはてに ようやく会えたあの人は
わたしに やさしかった
とても、とても やさしかった


MODEL: Wang Ying
Stylist & Hair Make up: Noriko Sasaki