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こんなやわらかな光のなかにいると
なんだか、心がやすまる
わたしの背後では せわしなく人々が行き交い
でも、わたしは気にはならない
都会の喧騒をひととき離れて
こんな、ひなびた茶店で憩うのも
なんだか いいもんだ

人に勝っただの、負けただの
あの人がいいだの、わるいだの
日々は、騒々しい慌ただしさに
みちあふれている
わたしには どうでもいいことばかり
内も外もなく、裏も表もない
でも、そんなささいなことに
人々はこだわりたがり、それを
楽しんでさえいるようにみえる
どうして−−?

せせらぎの音がする
葦の葉が 水中でゆらゆらと
揺れている情景を想像してみる
ゆるやかに流れゆく 時間よ
どこまでもやわらかな 光よ
畳に影が映っている
あれは、わたしの 影?
縁側にまでのびて、門の向こう側の
明るい昼の光とぶつかっている
あのあたり
のびていこうとする 影
それを押しとどめようとしている わたし
行かないで−−
なぜ?

海辺にて

心の中にいきりたつような想い出を抱え込んで
一歩、また一歩と砂を踏みしめる
わたしの足あとが一つずつ残る
それを、波が消してゆく
一歩、また一歩
わたしはなにか、むきになるかのように
わたしの足あとを残そうとする

ふるふるとふるえる わたしの心
幼い日々よ
この浜辺を、母に手を引かれて
歩いていたわたしがいる
古い、モノクロの写真のなかの
なにも知らずに、なにも恐れずに
母の後ろ姿を追いかけている
三歳のわたし

きょうも、空は曇っている
あの写真のように
威勢のいい波が、わたしの素足を濡らす
それが心地いい
まちも、ずいぶん変わってしまった
人々の顔つきも、姿も、服装も
ずいぶんと変わってしまったような 気がする

あの後ろ姿は あのあと
もう、わたしのほうへは
振り返らなかったような 気がする
あの写真を撮ったのは
あれは父だろうか
あんなにも遠く感じられていた、あの岩山は
あんなところにあったのか
わたしはなにを望んで
ここまできたのか

打ち上げられた 海藻や小瓶や木の枝や
ガラスの破片−−
雲の間から光が顔をのぞかせて
それに反射する
遠くで海鳥たちがざわめいている
もう夏だな

遠くでだれかが
だれかを呼んでいる 声がする
自分が呼ばれたわけではないのに
それはわかっているのに
わたしはわざと振り返ってみる
わたしの足あとが、右に左によろめきながら
でも、波にも消されずに 続いている
その合間を縫うように 小さな犬が
小さな足あとを無数に刻みながら
しきりに走り回っている

海に向かって木片を投げる 老人
それを一目散に追いかける 犬
あんなに波に濡れても
からだをぶるっとふるわせるだけで
まるで平気な顔をしている
老人に頭を撫でられて、あんなにも嬉しそうに
駆け回っている

わたしの心はふるえている
波と波がぶつかり、白い泡をたてる
波は、砂を濡らして 引いていく
砂は、陽光を受けて
きらきら輝いている

あなたにはいつもわがままばかり言ってきた
通りでみかけても自分から手を振ることもせずに
あなたにわたしのことを気づかせようとした
わたしはあなたに、わたしのことを
わかってもらおうとばかりしてきた
あなたはあなたにふさわしい笑顔でいつもわたしの傍らで
わたしをいさめもせずにわたしのことを見守っていた
その眼差しに、わたしは甘えていた
その眼差しがいつもわたしのうえにふりそそがれていることを
信じてうたがわなかった
でもほんとうは、その眼差しをうしなうことをおそれていた
わたしにはそんなあなたとのことがなんだかむしょうに癪で
自分でこさえた物語を不器用になぞるヒロインみたいに
あなたの横で自分自身のありのままの姿を
いつも背伸びしてみせようとしていた
雨が降っていた、通りの木々は濡れていた
行きつけのカフェーの窓辺でわたしはガラス越しに
行き交う傘の模様をずっとながめていた
口をついて出そうな言葉を心のなかで反復しては
時をやりすごす
いつかはあなたが来ると信じてうたがわなかった
あなたに似た人影が道路の向こう側を女の人と
一つの傘におさまって、そのまわりだけはなんだかあたたかそうに
歩いていた
わたしは店をとびだした、その横顔がなんだか不審そうに
わたしのほうを見返した
傘を持つわたしの手だけ
なんだか冷たかった


MODEL: Wang Ying