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伊達なつめ

 これは歌舞伎座の地下鉄車内刷り用ポスターです。歌舞伎座の最寄り駅になる東銀座に停車する営団日比谷線と、都営三田線の2路線の車内に貼り出されています。
 毎月、翌月公演の演目からひとつを選び、その作品のストーリーや内容の一部、あるいは名せりふなどを付して、雰囲気を伝えようとしているものなのですが、果たしてどの程度わかってもらえるやら・・・。このコピーの制作者としてははなはだ不安で自信ありません。そこで、この場で蛇足ながら色々補足させていただき、胸のつかえをいくらか軽減できればと思う次第です。




第3回

伽羅先代萩



ねすみが逃げた
切り穴に消えた
煙があがって
人影が見えた
男だ
ねすみの正体は
この男の妖術か
ニヤリと笑う
でも何も言わない
不穏な空気だけ残して
悠然と消え去ってゆく



男の陰謀は成就するか『伽羅先代萩』
 歌舞伎の舞台には、花道というものがある。これは舞台に向かって左側、本舞台から客席後方まで突き抜ける通路のような形態をした、歌舞伎にはなくてはならない舞台機構だ。
 本舞台から続く花道は、客席を縫うようにして延び、最後は舞台後方にある揚幕(あげまく)という幕に入ったところで終わる。揚幕の向こうにほ鳥屋(とや)と呼ばれる小部屋があり、花道を使って出入りする役者が、ここで待機するようになっている。
 歩ったり走ったり、時には駕篭や舟に乗って、舞台と。揚幕の間を往き来する。これが通常の花道の使用法だが、これ以外に、花道を使った特殊な登退場の仕方か、ひとつある。
 花道には、舞台寄りに一箇所<スッポン>と呼ばれる切り穴がついている。人が1人か2人乗れる程度の広さのもので、これをセリとして昇降させ、人物の出入りを行なうのだ。
 しかし、どんな役でもスッポンを使えるわけではない。スッポンで登退場を行なえるのは、原則として生身の人間以外のものに限られる。たとえば、幽霊や、人間に化けた動物、また逆に、妖術を使って動物に化けた、特殊な能力を備えた人物などだ。
 写真のケースは、「妖術を使って動物に化けた」例にあたる。この男は仁木弾正(にっきんだんじょう)という、クーデターを企てる悪玉だ。妖術を使える彼は、善玉の手に渡ってしまったクーデターの証拠となる一巻を、鼠に化けて取り返したのだ。
 この場面の進行は次のようになる。まず、ぬいぐるみの鼠が巻物を奪って口に加え、花道スッポンに飛び込む。するとスッポンからモクモクと煙が上がり、そこから巻物を口にし、印を結んだ仁木弾正がセリ上がる。実は巻物を奪取した鼠は、仁木が妖術を使って化けたものだったのだということが、ここでわかる仕掛けなのだ。仁木の衣装は、もちろん鼠色。「うまくいったぜ」とでも言いたげに薄笑いを浮かべた仁木は、そのままひとことも口をきかずに、悠然と揚幕に向かって去っていく。花道の効果を十二分に使った、有名なワンシーンだ。

10月2日〜26日/歌舞伎座/昼の部11:00『髪を結ぶ一茶』『文売り』『堀川波の鼓』『四変化弥生の花浅草祭』、夜の部16:30『伽羅先代萩』/16,000円〜2,500円/出演 富十郎、孝夫、雀右衛門、勘九郎、芝翫、雁治郎ほか/問い合わせ 歌舞伎座(03-3541-3131)