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長谷正人
千葉大学文学部社会学・映像文化論


[31]老人力、あるいはカメラとしての赤瀬川源平

 赤瀬川源平の『老人力』(筑摩書房)がベストセラーになり、いまや「老人力」は時代の空気を表す流行語として大きな注目を集めている。では、老人力とは何なのか。赤瀬川によれば、それは「物を忘れる、体力を弱める、足どりをおぼつかなくさせる、よだれを垂らす、視力のソフトフォーカス、あるいは目の前の物の二重視、物語の繰り返し等々」(21頁)の老化現象のことだと説明している。しかし具体例ばかりであまり論理的でないこうした説明は、その説明自体に老人力が発揮されてしまったようで、若輩の私などには分かりにくいのだが、つまりこれまでマイナスの意味しか与えられていなかった、こうした老化現象に対してプラスの意味を与える(歳をとることに積極性を与える)という発想の転換をしようということらしい。だからたとえば、物忘れがひどくなって心理的に落ち込んでいた老人は「俺にも老人力がついてきたぞ」と、この言葉を使って元気を取り戻せば良いわけだし、プロ野球のバッターがチャンスに力みすぎて凡退してしまったら、「もっと潜在的な老人力を上手く発揮しろ(=力を抜け)」とアドバイスしてやれば良いことになるだろう。いずれにせよ、いまこの奇妙な概念が注目されているのは、無限の成長と進歩と若さを原理とする反=老人的な近代社会が現在行き詰まってきており、次の社会を支える新しい原理(その社会は間違いなく長寿老人で埋めつくされている老人社会だ)を私たちが心のどこかで求めているからだと思われる。
 だが私がここで老人力に注目したいのは、そうしたいささか退屈な文明論のためなどではない。そうではなく、「老人力」がカメラや写真と大きな関わりを持つと考えるからである。これは一瞬奇妙に聞こえるかもしれない。普通に考えれば、両者は何の関係もないのだから。しかし赤瀬川自身が中古カメラのファンであることは良く知られているし、本書でも中古カメラについて何度か言及していることを思い起こそう。そして彼は、はっきりこう言っているのだ。

 「ライカは老人力のカメラとして有名である。最近のカメラとは違う。最近のカメラはすべてオートだから、シャッターを押すだけで写真が撮れる。それだけ。」(174頁)

 つまり赤瀬川によれば、オートマチック・カメラには老人力がないのに対して、中古カメラには老人力があるのだ。別にそれはたんに中古カメラが歳を取っているからではない。ライカなどの中古カメラで写真を撮るときには、私たちはしばしば絞りを合わせるのを忘れたり、シャッタースピードを調整するのを忘れたりして、白っぽい写真やブレた写真を撮る失敗をおかしてしまうからだ。つまり「それを手にしたとたんに、こちらの老人力があふれ出る」からこそ、中古カメラは老人力であるというのが彼の考え方である。
 しかし、私はそれだけではないと思う。赤瀬川自身ははっきりと気づいでいないようなのだが、中古カメラはそれ自体でもともと老人力を持っているのである。つまり若々しいオートマチックカメラのように、カメラ自身の力で露光やピントを合わせてきちんとした写真を撮るのではなく、中古カメラは、まるでボケ老人であるかのように、使い手による調節を待ってボーッとしているだけであり、その人間の調節がちょっと足りなかっただけでたちまち「ボケ」写真を作りだしてしまう。だからどう考えても、中古カメラ自体が最初から老人力にあふれていると言うべきなのだ。
 いや、というよりも正確には、中古カメラだけではなく、写真やカメラの原理自体がそもそも老人力なのである。この連載の中で繰り返し述べてきたとおり、カメラは「光線としての世界」を、人間の眼のように何らかの調整を加えることなく、そのまま物理的に定着させてしまう機械として出発したのだった。つまりカメラは基本的には、世界をありのままに受けとめて何の応答もしないという意味で、「ボケ老人」なのである。むろん機械としてのカメラは、ピントを合わせたり、露光を調整したりする機構を備えることによって「ボケ老人」から脱皮する方向に発展してきたわけだが、それは所詮、ある特定の対象を明確な輪郭のもとに認識し、記録したいという「若者」的な欲望によって付け加えられてきたにすぎない。だからちょっと操作を誤っただけで、カメラはたちまち「ボケ老人」としての本性を露にしてしまう。その意味では、赤瀬川がライカを使用して計画しているという「パリ開放」は、実に興味深い(176頁)。つまり絞りを「開放」にして、ボケたり露出オーバーになったりした「パリ」の写真を撮ってみるというこの試みは、まさにカメラが若者化する傾向に抗って、もう一度カメラに老人力を取り戻させることだと言えるだろう。
 むろんカメラとは違って、人間はどうしてもオートマチックに働く精密な視覚調整機構を介してしか世界を見ることができない(むろん、近視やら老眼といった故障はあるのだが)。つまり、人間の視覚的認識には老人力がなかなか発揮されにくい。だから人間にとっての老人力とは、いかにしてオートマチックな視覚調整機構に抗って、自分自身がカメラのように世界を認識できるかという問題だと言えるだろう。「老人力」とは、カメラになりたいという欲望なのだ。カメラのように、周囲の出来事を何のこだわりもなく自由に吸収してしまう事がここでは目指されているわけである。ではそうやってカメラ(=ボケ老人)に近づけた人間には、世界はどんな風に見えるのだろうか。実は赤瀬川源平はその答えを既に出している。それが、1980年代半ばに彼が大流行させた「超芸術トマソン」や「路上観察学会」である。トマソンは、実は老人力をつけたカメラ人間だけに見えてくる風景だったのである。
 トマソンについてもう一度復習しておこう。「超芸術トマソン」とは「不動産に付着していて美しく保存されている無用の長物」(『超芸術トマソン』ちくま文庫、86頁)のことであった。たとえば昇ったとたんに下りるしかなく、どこに行き着くこともできない「純粋階段」であるとか、コンクリートで丁寧に塗り固められたまま保存されている通行不能の通用門=「無用門」などがそうである。これらの奇妙な物件はしかし、私たちがどこかを目指して街角を歩いているときに眼のすみに何気なく認めたとしても、そのまま意識することもなく忘れてしまっていたものだろう。この「人知れずひっそり」と存在している「超芸術トマソン」を発見し、それと認識するためにこそ、「老人力」=カメラ的視線が必要となってくるのである。老人力を巧みに発揮して自分の視線の力を抜き、カメラのように偏りなく世界を眺めたときに初めて、普段は焦点が当てられないような眼のすみにある「無用の長物」が私たちの前に浮かび上がってくるのだ。逆に「超芸術トマソン」を見つけ出してやろうなどと若者のような野心を持って歩いているかぎり、それはけっして見つからないであろう。
 だがここで同時に重要なのは、「老人力」が完全にカメラになりきってしまうことではないということだ。もし完全にカメラになってしまえば、路上を歩く私たちには無用物としてのトマソンであろうと有用物であろうと全ての光景が平等に眼のなかに飛び込んできて見分けがつかなくなり、トマソンどころではなくなってしまうだろう。つまり私たちが「超芸術トマソン」をそれとして認識するには、結局は普通の人間のようにトマソンにピントを合わせてじっくり観察しなければならないのだ。だから要するに「老人力」とは、私たち人間が自分のなかに眠らせている「カメラ的=ボケ老人的認識力」を巧みに引き出し、半分だけカメラになるということなのだ。カメラという機械に頼るのではなく、自分の中にカメラ的なるもの(ボケ老人的なるもの)を発見し、それを上手に使いこなすこと。つまり「老人力」を発揮するには、私たちはあくまで平凡な人間でなければならないだろう。完全にボケてしまっては意味がないのだ。
 この妙味の面白さを理解するには、やはり赤瀬川が何年か前に流行らせたステレオ写真を思い出せば良いだろう。そこで赤瀬川は、普通は立体視するための双眼鏡的器具を使って楽しむステレオスコープ写真に対抗して、そうした器具の助けを借りずに自前で立体像を作りだす方法を探究していた。つまり、ステレオスコープという機械を自分の眼のなかに作りだしてしまうという奇妙な試みを楽しんでいた。じっと眠を凝らして眼の前の奇妙な模様をみつめながら、あるときふっと視線の力が抜けた瞬間にそこから美しい立体像が立ち上がってくる、あの得も言われぬ不思議な身体感覚。しかも私たちの頭はそれが錯覚であると知りつつ、その錯覚に気持ち良く身を委ね続けるしかない。あれこそが、老人力=カメラ的認識力の発揮された瞬間だったのだ。
 ・・・いずれにせよ、赤瀬川はこうしてつねにカメラ的認識について探求してきたのである。カメラを専門的に使って美しい芸術を人為的に作りだすのではなく、カメラ的認識を人間のなかにも作りだしてしまうこと。こうした意味では、赤瀬川はカメラを使わないカメラマンであり、実にユニークなカメラ思想家なのだと言えるだろう。