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長谷正人
千葉大学文学部社会学・映像文化論


[2]ベルグソンと写真

 19世紀末から今世紀にかけて活動したフランスの哲学者ベルグソンは、その卓抜なる著書「物質と記憶」(田島節夫訳、白水社刊ベルグソン全集第二巻)のなかで、写真に関する奇妙な記述を行っている(44頁)。

 しかしかりに写真があるとしたら、写真は物事のまさしく内部で、空間のあらゆる点に向けてすでに撮影され、すでに現像されていることを、どうしてみとめないわけにいくであろうか。どのような形而上学、いや物理学も、この結論をさけることはできない。

 何とも驚くべき記述である。カメラなどなくても写真は常に存在しているというのだから。写真は、ここにもそこにもあらかじめ現像された状態で存在しているのだと。つまり、現実世界は、写真によって構成されているとベルグソンは言っていることになる。
 私は最初これを冗談でなければ、何かの比喩だと思った。例えば、そこら中に複製された写真が氾濫し、そこここで記念写真が撮影され、ほとんど「現実世界」を凌駕するような無数の写真(=人工的映像世界)が現実に流通し、堆積していることの比喩としてなら分からないことはないと。しかし、もう一度良く考えてみると、どうもこれは「比喩」などではなさそうなのだ。それに気付いたとき、私は震撼し、ほとんど気が狂いそうな気分になったのだが、確かにベルグソンの言うとおり現実世界は初めから「写真」そのものである。世界は写真として存在しているのだ。やはり「この結論をさけうことはできない」ようなのだ。
 どういうことか。極めて原理的で当たり前のことである。カメラは現実世界に対して何かを付け加えたり、ある働きかけを行ったりするわけではないだろう。それは現実世界の側から「光」としてカメラの中に浸透してきたものをそのまま「受容」し、「定着」させたにすぎない。従って、この現実世界の「光」としての存在と進行は、カメラなどなくても初めからあったことになる。カメラはこの「光」の進行を堰き止めて、ある物質の上に定着させたにすぎない。言わば、カメラがないときには、現実世界は「透明な写真」として、「像を浮き立たせる黒いフィルター」が存在しない写真として存在しているのである。例えば、ここに一本のペンがあるとしよう。このペンの(カメラによる)「写真」は、ぺンからの光が届く限りにおいて、好きな角度から、好きな距離において撮ることが可能である。ということは逆に考えれば、カメラによって撮影しなくても、このペンの「写真」(ペンのイメージ)は、あらゆる角度に向けて、あらゆる距離においてあらかしめ存在していた、と言ってよいだろう。つまり、ペンの回りにはペンの写真が常にぎづしりとつまっているのだ。
 こうして私たちは、写真に関する素朴な常識を捨て去らなければならない。私たちはついつい、カメラによって撮影された写真を、カメラという機械が現実世界に対して働きかけた結果、人工的に作り出されたイメージであるかのように錯覚してしまう。そして、この作られたイメージと、もともとある現実世界とが「相似的」であるなどと考えてしまうのである。とんでもない勘違いだ。写真は現実の一様態である。現実の「光」としての存在様態そのものである。だから、「写真」という存在様態においてならば私は、皮膚で囲まれたこの場所に限定的に存在するのみならず、「私」の回りの全方位に向けて、「光」の届く限りにおいて存在しているのだ。そう。だから麻原彰晃の「遊体離脱」を私たちは必ずしも笑うべきではない。私の身体は、「写真」としては常に既に「遊体離脱」しつつ存在しているのだから。写真の発明が私たちに突きつけたのは、この事実である。
 つまり、カメラによって展開してきた19世紀以来の写真文化は、「視覚文化」であるとは必ずしも言えない。それは、現実世界の「存在様態」の一つを私たちに感受させる何かだったのである。カメラは、全ての事物が「光」の粒子の状態において、そこら中で互いに浸透しあいつつ存在しているという事実を、私たちに無意識的に感受させたのだ。この意味で、写真文化はどこか狂気の世界であり、宗教の世界にも似ているだろう。しかし、この点について気付いた写真家や思想家は本当に少ない。彼らは、ほとんどこの事実を隠蔽して、写真が人間的文化や芸術の一つにすぎないかのように振る舞ってきた。だが、むろんこの事実に気付いた者も少数いる。例えば、ロラン・バルトと「明るい部屋」(みすず書房)は、そのような書物の一つとして貴重である。バルトを読みながら、改めて写真の狂気について考え直さなければなるまい・・・。